第3話:転校生
「杏也、腹が減ったぞ。」
そうだろうな、俺もだ。
時刻は午前6時半。
学校内には殆ど人の影が見当たらない。
せいぜい、部活の朝練組がチラホラ登校してきている程度か。
それなのに、部活動に所属すらしていない俺が、こんな時間に学校にいるというのはどうしたことだろう。
「購買でフレンチトーストとベーコンエッグ、それから濃いコーヒーを買ってきてくれ。もちろん作りたての温かいヤツをだぞ」
俺がこんな早朝から登校する原因となっているティナ――本名、皇堂・D・ティナート(未だに噛みそうになる)が、小柄な体をソファーに埋もれさせるようにして座りながら、俺に命令を飛ばしてくる。
黙っていれば、薄幸の美少女で通りそうな外見をしているのだが、口を開かせると奇矯な性格が露顕しちまうのが非常に残念だ。何が残念なのかは俺も分からんが。
「たまには自分でやれ。俺は今猛烈に忙しい」
俺はお前に押し付けられている書類整理で手一杯なのさ。それから、こんな時間に購買は開いていないぞ。
皇堂はつまらなそうな表情をすると、机の上のマンガを手にとって読み始めた。
あ〜、念の為に言っておくが、杏也ってのは俺の名前だ。
下僕とはいえいつまでも『お前』呼ばわりでは可哀想だ、というティナの配慮?により、めでたく名前で呼ばれることとなったのだ。(下僕になった覚えはないが)
ついでに、俺も皇堂のことを名前で呼ぶことにした。
いつまでも、あの長ったらしい名前を呼び続けるのは面倒だからな。
それで、俺は今、ティナの命により、全生徒の履歴書に目を通している。
どうやら、ティナは学校改革に乗り出したらしく、その第1歩として、素行不良の生徒の焙り出しを行うつもりらしい……のだが、俺も一応この学校の在校生な訳で、他人のプロフィールを勝手に見るのは非常にマズいように思えるんだが。
まあ、いざとなれば理事長様が庇ってくれるさ。(たぶん)
書類を眺め続けること2時間。
そろそろ学校内にいつもの賑やかさが戻ってきた。
そういや、昨日のこの時間帯にティナと出会ったんだったな……
などと、少し思い出に浸っていると、ふいに開けっ放しになっていた窓から強風が吹き込んできた。
手にしていた書類の束が床に散らばる。
俺は腰を屈めて、慌てて書類を集め始める。
ここで、1枚の履歴書が目に止まった。
『転校生』と書かれたハンコが押してある。
「転校生が来るのか?」
ティナは、マンガから顔も上げずに返事を寄越してくる。
「ん?あぁ、今日付けで2年4組に転入するらしいな。」
こいつが一応学内の動きについて情報を得ていたことにも驚きだが、転校生が来るというニュースには更にビックリだ。
2年4組といえば、俺のクラスじゃねぇか。
名前は…西毬麻衣
履歴書に写真が添付してあった。
パッチリした目元が印象的な可愛らしい感じの女子だった。
軽くウェーブした栗色のロングヘアーも好印象を与えてくる。
これで性格が良けりゃ、さぞやモテるだろうな。
「何をニヤニヤしている」
突然声を掛けられた。
前方を見ると、ジトッと俺を睨むティナの視線とぶつかった。
「大方、転校生が自分の好みのタイプだった、とかそんなとこだろう。ふん、これだから男などという生き物は……」
何事かブツブツ呟くと、マンガを投げ出しニュース番組を付けた。
アナウンサーが、どこかの動物園でシロクマの赤ちゃんが産まれた、と嬉しそうに語っている。
ボー、とテレビを見ていると、なんだかつまらなそうな表情を浮かべているティナに声を掛けられた。
「もう40分だぞ。そろそろ授業が始まるんじゃないか」
言われて我に返る。もうそんな時間か。
俺は、カバンを肩に掛けると、理事長室を後にした。
それにしても、転校生か……
可愛い女子だった、てのは抜きにしたとしても、楽しみなのに変わりはないね。