いくつもの運命
オリジナル小説初投稿です。
R-15、残酷化描写有は保険。戦闘シーンはあります。
「目標、第五防衛線を突破。第六防衛線へ突入します。以後、この集団をパープルと呼称。尚、パープルには勇者の存在が確認される。よし、送れ!」
望遠鏡を見ながら、隣にいる魔族に伝令をする。距離にして五キロ程か、前にいる人の軍勢は徐々に疲弊の色を見せ始めている。無理もないだろう、五つの防衛線、計十五キロをフル装備の状態で破って来たのだ。
「といってもまだ十分の一に達したばかりなのだけれどもな」
その独り言じみた言葉に、隣にいたエルフが反応した。
「どうかしましたか?」
おそらく聞きとっていただろう、だがそれが意識したものではないと感じ取ってか、それ以上の追及はやめたようだった。良く出来た副官だよ、と思いながら後ろに待機している部隊へと指示を出す。
「いや、なんでもない。……よし、そろそろ適当に反撃して交代。次の防衛線には他の部隊が控えている。お前らは第十三防衛線にいる第二前衛部隊と合流、休息をとれ」
全く皮肉なものだ……俺はそう思いながら、偵察機材の撤収に取り掛かった。
新大陸暦千二百二十一年の夏、まるで雲がどこかに行ってしまったような日の事であった……。
「はあ……」
いつもと変わらない穏やかな日差し……ではなく照りつけるような太陽の光。
この館の周りではメイド達が杖を振って水を|創り出し、あちこちに蒔いている。
その姿を見ながら、俺は目の前の本を読むのを再開した。
大陸歴1199年
ある司令官が最前線に立っていた。目の前には自軍、そして隣には天界の軍勢が、今から起こるであろう戦いに望もうとしている。
前に目を向けると、魔王によって率いられているのであろう悪魔の軍勢。そして、悪魔によって洗脳されたらしい人々の姿。
「司令、時間です」
その言葉にゆっくりと頷き、剣を抜く。天魔大戦の天王山、と後世の歴史家たちが言うサドヴァの戦いが始まった――。
戦闘が始まって八日、戦いが終わる兆しは一向に見えていない。何せ直接戦闘に参加している者だけでも各軍三十万は超えるのである。
そして、膠着状態の戦局を打破するため中央指揮所に司令官が集まっていた。だが、会議はなかなか纏まらない。
「――別働隊を組織するというのはどうでしょう」
「難しいのではないかな、どこの戦線も手一杯だ。別働隊を作るとなると生半可な規模ではだめだし、かといって大きくさせすぎると戦線が持たない。事実、破られかけたところもあるのだぞ。
……そう考えると、今の陣形を動かすことは難しいのだ」
天魔戦争。
いまより八年前、魔族が侵攻してきたとされている大陸東部から始まったこの戦争。初期のころはそれほど重要とは思われておらず、数百名規模の調査隊が送られるのみだった。俺はそれに参加している。
はじめて魔族と接触した時、俺は彼らに既視感を感じた。彼らは姿こそ人とかけ離れてはいたが、まるで、一方的な虐殺から逃れた難民のようであり、俺は幾度か紛争地帯で似たような状況の集団を目撃したことがあったのだ。
しかし、隊に同行してきていた聖職者は彼らを見るなりこう叫んだ。
「悪魔め! ……さあ皆さん、あいつらを殺しなさい!」
思えば、この事件がここまで戦争を拡大させた要因であるかもしれない。そして、わずか三ヶ月の間に大陸の六割が異形の者たちに奪われた。そして、次は大陸西部で、ある国がボルタサンタの門、すなわち天界への門を開いた。
そして今、ヒトは神や使徒と共同して魔族と当たっている。
ただ一つ、懸念している事は。……いくら絶対悪と言われているもの対してであっても、無抵抗の敵を相手に虐殺・略奪・暴行などをしても良いのだろうか。
そこまで思考を巡らせたところで、俺は名前が呼ばれているのに気づいた。少しあわてながら、それでいてその事を表情や仕草に出さないように気をつけながら相手のほうを向く。
「司令官、聞いてましたか……?はぁ、要点だけを説明しますね。
別働隊は厳しい、だったら夜襲にしてしまえばいいが、そんな余力を残していて、錬度が高い部部隊は残り、数少ない……、という事で司令、今夜あたり行って来て下さい。貴方の近衛兵、千二百人は無傷でしょう?」
話の流れから予測はしていた他のの部隊は大なり小なり被害も出て疲労も蓄積している。一部の部隊は大隊まるごと正体不明の攻撃で消滅したところも存在するような状況なのだ。むしろここまで無傷に俺の部隊を残しておいたのは何か作為を感じる、となると実行したのは……。
結論に達した俺は、横でのほほんと座っている天使の総参謀長を肘で小突き、小声で問いかける。
「総参謀長、貴様こうなることを読んでいたろ。」
俺がそういっても、彼はいつもの好々爺のような態度を崩さず、顔に微笑を浮かべたのみだった。人の俺を総司令官にする人事に、教会勢は難色を示した。その時に案を出したのがこの参謀長であり、実質的な総指揮権は彼にある。俺はあくまで、人を取りまとめる前線指揮官なのだ。
「いいか?」
そう訊ねてきたのは、天界軍の司令官。しかし、尋ねてきたが、返答は求めてなかったようで、こちらが発言する前にさっさと話し始めた。
「その夜襲とやら、残念ながら我ら天界軍は参加できそうにない。闇夜、正確に言うと光がなければ我らの能力は半減してしまうのだ」
挙手した人も含め、天界から来た人は皆、揃いも揃って美男美女揃いである。先ほど手を上げた男も、年齢は五百歳を超えていると聞いたが、見た目は三十台の美男子だ。
そんなことを考えながら、椅子から立ち上がり、会議のまとめを始める。
「では、参謀の言ったとおり、今日の夜あたりから俺と、俺の直属部隊で行動を開始する。……止めるなよ?この頃暴れていなかったから俺の部隊は色々と鬱憤が溜まってきているんだ。」
返答を聞かず、俺はさっさとその場から立ち去った。
深夜4:00頃 魔族軍 高級士官宿泊所
「行け!静かに、かつ迅速にだ」
その小さな声に反応して、深夜の深い森で多数の影が蠢きはじめる。あの後、参謀部から正式な作戦内容が伝達された。
作戦開始の合図は太陽が出始めたら、それまでに各員分散し、自分の攻撃位置に付く。
人間の性質上、早朝に攻撃するというのは理にかなっているといえる。さすがに朝四時に元気な人は少ないだろうし、何よりも交代の時間が近づくと大抵の人は安心するものだ。……これが、悪魔にも当てはまるかどうかは別だが。
その時、前から誰かが歩いてくる音がした。無自覚の内に剣を握り締める手に力が入り――
「……子息様! 子息様!」
……どうやら眠っていたようだ。なんだろう、あと少しで何か思い出せたような気がする、夢の内容はほとんど覚えていないし、記憶に残っているのは真っ黒な剣を握っていたことだけだ。
「……子息様! 書斎でご主人様がお待ちです。至急来る様にと、では」
どうやら火急の用事らしい、そろそろ八十になるといっていたあの老執事があのように慌てて部屋から出て行くのを俺は余り見たことがない。そもそも、父に呼ばれたことは妹が生まれてからは殆どないのだ。
妹。もし、俺が普通の子供のように無邪気ならばその存在は喜ばしいものだったろう。だが、何故か俺は、無邪気な子供のように、もしくは、無能な貴族のように周りの視線を無視できはしない。同情・軽蔑、その他様々な悪意を受けることができてしまう。
…………それらの大半が、妹と俺を比較するものだということも、理解している。
妹は、身贔屓を抜いても天才と呼べるものだろう。
十歳にして五ヶ国語を使い分け、本来なら何年もかかって習得するはずの上級術式をいくつも使いこなす。それでいて均整の取れた体と、さらさらとした水色の髪、茶色が少し入った黒い眼など、微笑んで落ちない男はいない、そう断定できるほど容姿にも優れている。
まさに才色兼備、天は二物を与えないといいながら与える人には与えるのだ。あいつらの考えそうな……あいつら?あいつらとは誰だ?
……思い出せない。まるで記憶がごっそりと抜かれたようで、頭の中にぽっかりと穴が開いたように感じる。
その記憶の正体を考えいると、屋敷の中央にある中庭で、両親と執事が楽しそうに談笑している姿と、会話が聞こえてきた。
どうやら道を間違えてしまったらしい、父がここにいるのは少しおかしいが、書斎へ行く途中に母と会ったのだろう。そう結論付け、書斎のある方へと方向転換した俺の耳に、会話が入ってきた。
「――で、あれは今頃どうなっているかしら」
「――そろそろ倒されているころだろう。書斎には暗殺部隊を置いているからな、率いているのも女ながらなかなかのやつだ、失敗はするまい」
そう、か。そういうことか。まさかここまで強硬手段をとるとは予測していなかった。何かしらの行動を起こすとは思っていたが……まさか実の息子を殺そうとするとはな。ああ、頭が痛い、用事を終わらせたらさっさと寝てしまいたい。
――今!――――早く!――
「っ!?」
頭を襲った突然の痛みに声を上げてしまう。そして、誰かが焦ってこちらに走って来る光景を最後に、俺の意識は暗転した――。
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