第3話
その店は、路地裏にあるビルの三階にあった。
エレベーターがなかったので、夕夏は階段で三階まで上がった。息を切らしながら目の前のドアを見ると、プレートに『三上カウンセリング』と書かれてあった。
カウンセリングとはどういう事をする場所なのかわからず、夕夏は不安に思った。目の前のドアを開けるべきか、長い時間迷っていた。
その時、いきなりドアが開き、中年の男が顔を出した。
男は夕夏の存在に気づくと、「どうぞ、中へ」と優しい声で、部屋に入るよう促してきた。
夕夏は、断ると失礼な気がしたので、不安な気持ちを抱きながらも店の中に入っていった。
部屋の中は薄暗く、黒いソファーに黒いカーテンと、不気味だった。瞬時に夕夏は、部屋に入ってしまったことを後悔した。
だが今更逃げるわけにもいかず、男に勧められたソファーに渋々座り、逃げ場を探すようにこっそりと部屋の中を見回した。
棚の上にある黄色い壺や、変な形の置物が気になった。胡散臭さに拍車がかかった気がした。タイミングを見て立ちあがろうと、夕夏は密かに決意した。
男がテーブルの上に、紅茶を静かに置いた。そして、自分も夕夏の向かい側のソファーに座り、紅茶を啜るように飲み始めた。
夕夏は紅茶に手をつけたくなくて、俯いて座っていた。男がテーブルの上に、一枚の名刺を置いた。夕夏は、恐る恐る名刺を手に取り見た。
名刺には、『心理カウンセラー三上茂』と書かれてあった。心理カウンセラーとはなんだろう。夕夏が疑問に思っていると、三上が唐突に口を開いた。
「人見知り」
夕夏は、その言葉に反応してしまい、顔を上げて三上を見た。
「私も人見知りだったんですよ」
三上が優しく微笑みながら、話し始めた。
「昔は言いたい事も言えず、人から誤解されてばっかりでね」
「そんな風に見えないです」
「私と同じように人見知りで悩んでいる人達を救いたいと思って、ここを開いたんです」
夕夏が本棚に目をやると、そこにはカウンセリングの本がずらりと並んでいた。ちゃんと勉強してカウンセラーになった人なんだと、夕夏は納得した。
「実は、私の人見知りが治ったのは、これのおかげなんです」
そう言いながら、三上がポケットから取り出したのは、小さな口紅だった。
「口紅?」
「そう、この口紅を塗ると、誰もがお喋り上手になれるんです」
夕夏は嘘だと思った。そんな話は聞いたことがない。
「今、嘘だと思ったでしょ」
三上が、夕夏の心を見透かしたように笑いながら言った。
「だって、あなたは男の人なのに口紅なんて」
「透明の口紅もあるんですよ。今だってこれを塗っているから、あなたとこうやって話せているんですよ」
夕夏は返事を返せずにいた。
「信じられないのは無理ないです。たいがいの人はここで席を立ちます。でも、あなたは立っていない」
そう言って、三上が夕夏の前に口紅を差し出してきた。
「騙されたと思って、一度試してみませんか?」
つづく




