八 明かりて
数日が過ぎた頃、明姫は安倍吉昌の邸を訪ねた。
邸の中央にある寝殿で、二人は向かい合う。
「先日はありがとうございました」
壷衣をまとった明姫は、謝辞を述べると深々と頭を下げた。
「兄は一時病床に臥して、今ではすっかり大人しくなっております。憚りながら、こたびのことは兄にとって良い薬になったでしょう」
吉昌は「そうか」とだけ答えた。
「気掛かりはあの生き霊の少女です」
明姫は心配そうに眉をひそめた。
結局、兄から少女の身元を聞き出すことが出来なかったのだ。
「呪詛を反されて、どうなったのか……」
呪いを打ち返された術者は死に至ることもあるという。
酷いことになってなければ良い、と明姫は心底願った。
今にして思えば、父を想いながら死んでいった母と彼女を重ねていたのかもしれない。
「春月の君は大事無い」
吉昌があまりに事もなげ言ったので、明姫は思わず聞き返した。
「え?」
「呪詛の半分はお前の兄に反した。よって、春月の君が受ける反動は半減したのだ。今は床に臥しているが、やがて回復するだろう」
吉昌は会話をしながらも、公文書に目を通している。
義務的に職務を進めている様子は相変わらず淡泊だったが、明姫は安倍吉昌と言う人物の心根に触れた気がした。
(わざわざ調べたのだろうか?)
月を冠した名前はあの少女にぴったりだと明姫は思った。
「陰陽頭殿」
明姫は呼びかける。
吉昌は顔をあげた。
「私の真の名は真明と申します。以後、そうお呼び下さい」
明姫、いや、真明は吉昌には知っていて欲しいと思った。
「……承知した」
穏やかな風が吹き、どこからか桜の花びらが庭園に舞い込んだ。
(まだ終わりではない)
吉昌は内心で独りごちた。
朔月の君が行った呪いは玄人の知識があってこそ出来るもの。
何より、狐の髑髏に刻まれた呪の文字には見覚えがあった。
吉昌はため息をついた。
真明にも尋ねたいことはあったが、今は束の間の休息に身を委ねるのであった。
【第一章・完】




