七 業(ごう)
吉昌は明姫と連れだって屋敷の奥、西の対に進んだ。
途中渡殿ですれ違った女房たちは二人の姿を見て色めき立った。
さしずめ、主の恋が成就したのだと騒いでいるのだろう。
鬼との死闘に気付かなかったのに、おかしなものである。
「兄上」
明姫は兄の寝所の戸を開け放った。
家隆は武具の手入れをしている。
「明姫か。何用か?」
家隆はちらりと明姫を一瞥した。
「その御仁は?」
「陰陽頭、安倍吉昌殿でございます」
家隆は一瞬怯んだが、すぐにふんと鼻を鳴らした。
「して、その安倍殿とこぞって俺に何の御用が?」
「先程私の元に女の生き霊が現れたました」
家隆がぴくりと身体を震わせたのを、吉昌は見逃さなかった。
「ほう、それは大変であったな。しかし、俺に何の関係があると言うのだ?」
「兄上が、彼女の恨みの矛先が私になるよう仕向けたのではないですか?」
明姫は確信に満ちたように言い放った。
「何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい!俺がそんな小娘を相手にすると思うてか」
「兄上……」
内心は動揺していたに違いない。家隆は自らの発言に矛盾があることには気付いていなかった。
「私は『女の生き霊』と申し上げました。それが『小娘』だとは申しておりませんが?」
更にいうなら、それが家隆と恋仲にあった娘だとも口にしていなかった。
家隆の顔色が急速に青ざめる。
「狐の死体を使って呪詛を行ったのはあの娘。例え呪いを破られたとしても、業を背負うのは娘だけというわけだ」
吉昌が淡々と告げる。
「兄上っ、そこまで私が憎いのですか!」
家隆が父の寵愛を受けていた側室である母と明姫を妬んでいることは薄々感じてはいた。
しかし、家隆はまだ幼い少女の純粋な想いを利用し、彼女ひとりに罪を負わせたのだ。
掻き消される前の娘の泣き顔が明姫の胸をよぎった。
「兄上は卑怯です!私が憎いのならば、その刃を使ってご自分で私を殺めればよろしいでしょう!?人を利用するなど、武士のされることとは思えませぬ!」
明姫は激昂した。
ただただ目の前にいる兄が許せなかった。
「言わせておけば!!」
家隆は顔を赤色に染め、逆上していた。
持っていた刀を抜き放ち、明姫に振り放つ。
「望み通りにしてくれるわ!!」
ぱんっ。
軽やかな音が響いた。
吉昌が明姫を庇うように間に立ち、扇で家隆の一撃を受け止めたのだ。
「なっ!?」
「死霊の声を聴け」
吉昌が低くささやき、家隆の刀を払い退ける。
「……!!何だ、これは!?煩い!!ええい!煩いわ!!」
急に家隆が耳を抑え、その場に屈み込む。
「陰陽頭殿……!?これは一体!?」
のたうちまわる兄を見ながら、明姫が問う。
「己の分の業を背負ってもらった。当分は狐の叫び声に悩まされるだろう」
吉昌は相変わらず表情も無く、さらりと答えた。
「人を呪うならそれなりの覚悟が必要ということだ」




