六 秘めごと
「どうしてここに……?」
明姫は会いたかった人物が突如目の前に現れたことに戸惑いながら尋ねた。
「昨晩の妹君に憑いた狐。あれなる髑髏に呪いがかけられていた」
昨晩とは打って変わり、吉昌の言葉は義務的な敬語を省いていた。
「つまり……?」
「誰かが意図的に呪術を仕掛けた、ということだ」
やはり、と明姫は至極冷静に受け止めた。心のどこかで確信していたように思う。
「尤も、呪詛は反した。呪いをかけた者もただでは済むまい」
吉昌が淡々と告げる。
明姫は更なる失望を感じ、目眩を覚えた。
(では、彼は……兄上は……)
呆然とする明姫を、吉昌は真っ直ぐ見つめていた。
正確には、明姫が持つ朱い光を失った護り刀を。
今は明姫の腕から零れ落ちる血に濡れている。
「陰陽頭殿……、貴方に窺いたいことが……」
気を取り直した明姫が吉昌と向き合おうとした刹那、吉昌が自分を目掛け腰刀を振り上げるのが目に映った。
(……!?)
全く殺気を感じなかったため、反応が遅れをとる。
明姫は舌打ちをし、短刀を吉昌に向けて突き出した。
しかし、勢いよく動いたため傷口に鋭い痛みが走り、体勢を崩して背中から床に倒される形となった。
ガキィィィン…!
愚鈍な音をあげ、吉昌の剣が明姫の肩ごしに床に突き刺さる。
襟元を刃が掠めたため、小袖が開けた。
一方、期せずして明姫に馬乗りになった吉昌も、明姫の短刀に着物を引き裂かれており、辛うじて避けたことが首筋に出来た一筋の傷が示していた。
しかしながら、それ以上の衝撃が二人を襲う。
「……っ!?」
開けた着物から覗く明姫の躯には、年頃の娘にあるべき膨らみが無かった。
一方の吉昌は、裂けた着物の奥に男性には不必要なはずの膨らみが在ったのだった。
「男……?」
先に口を開いたのは意外にも吉昌だった。
反撃されたことにも意表をつかれたが、この可憐な姫君の秘め事には普段は無表情の吉昌も驚きを隠せなかった。
「あなたも」
明姫に指摘され、吉昌ははじめて自分の着物も暴かれていることに気付いた。
「まさか陰陽頭殿が女性だとは」
吉昌は一瞬目を見開いたが、直ぐに冷静さを取り戻した。
明姫から立ち退くと、立ち上がるよう手助けする。
「それにしても酷いではありませんか。いきなり斬り付けるなんて」
明姫は自身の気持ちをなだめるように、言葉を続けた。
「呪術の残骸があった」
吉昌は着物の乱れを出来る限り直しながら応える。
吉昌の刀が刺さった辺りに、蜥蜴のような黒い染みが出来ていた。
「……お聞きにならないのですか?」
明姫が問う。
「お前こそ」
吉昌が答える。
「お尋ねしたほうが良いですか?」
「……いや」
「私もです」
明姫は苦笑し、袿を拾い羽織った。
「では、お互いこのことは心の内に留めておきませんか」
「……異論は無い」
吉昌は吐息をつき、衣の一部を破き取ると、明姫の傷口に宛がうよう促した。
「陰陽頭殿、出来ればあと少しお付き合い願えますか?」
明姫は布地をありがたく受け取りながら、吉昌を見据えて言った。
「……承知した」
吉昌は全てを見通しているように、頷いた。
「感謝します」
明姫はにっこり微笑むと、決意に唇を結んだ。




