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陰陽の如く  作者: とうご智
【第一章】 安倍吉昌、明姫と出逢ふ語(こと)

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五 来訪者



(あの人に会いに行こう)


明姫がそう決意したのは夕暮れになってからだ。

冬の名残か、吹く風は少し肌寒い。


考えていても埒があかない。

本人を訪ねたほうがどれほど有意義か。


自らを納得させ、明姫が女房たちに気付かれぬように出掛ける支度をしている時だった。


「もし」


と、か細い少女のような声が薄闇の中から明姫に呼び掛けた。

明姫はぎくりと身をすくませ、声がした方を凝視する。


いつの間にか、うちかけ姿の少女が庭先に立っていた。


歳の頃は十四だろうか。

あどけない顔立ちは夕闇のせいか青白い。


「貴女は……?」


夕暮れ時に少女がひとり出歩くこと、それも屋敷にすんなり入り込んだことを不審に感じながら、明姫は尋ねた。


「……明姫様、でございますか?」


少女が問う。


「ええ、私が明姫ですが……」


明姫がそう答えると、「おおっ」と少女は唸り声をあげ、顔をゆがめた。


「返して下され!!」


少女が突如大声で吠える。

その声は悲痛さをはらみ、悲鳴に近いものがあった。


「何のことです?」


明姫は自分に向けられた殺気をじりじりと感じながら、懐の短刀を着物の上から確かめた。


「家隆様のことです!あれほどわたくしのこと愛して下さっていたのに、最近ではお姿を見せて下さらない!!」


少女の嫉妬に揺れる眼から赤い涙が流れ落ちる。


「貴女のせいですわ!明姫!家隆様は貴女に惑わされたのです!」


これは生きいきりょうだ、と明姫は思った。

さしずめ、家隆が外で通っていた女のひとりだろう。


何を勘違いしたのか、家隆が遠退いたのは明姫のせいだと思い込んでいるらしい。


「何を言うのです?私と家隆殿とは血が繋がっているのですよ!」


何の意味がないことを知りながら、宥めてみる。


「五月蝿い!!お前が家隆殿をたぶらかしたんだ!!」


少女は態度を豹変させ、その姿も徐々に変容していった。


黒髪は宙にうねり、双眸はらんらんと朱く燃え狂う。

呪いの言葉を吐く口元には狼の如き牙がぬらりと光っていた。


これだけ少女が叫んでいるというのに、家の者は誰ひとりとして駆けつけてこない。


(……鬼……!?)


ひやりと冷たさを感じながら、明姫は短刀を鞘から抜き放った。


「明姫ガ憎イぃ!」


憎悪を剥き出しにして襲いかかってくる鬼になった少女を交わしながら、明姫は袿を脱ぎ捨て、小袖こそで長袴ながばかまだけの姿になった。


むごいことを……!)


明姫は鬼の少女よりも兄に憤りを覚えた。

家隆はその軽薄な態度で、このように幼い少女をここまで追い詰めたのだ。それとも……


(仕組まれた……?)


思考を破って、文字通り鬼の形相をした少女が明姫の腕に喰らいつく。


「……っ!!」


激痛が走り、何とか鬼を振り払ったものの、血が小袖に滲んできた。


「お許しを」


誰にともなくそう呟くと、明姫は短刀に手を添えた。


「ちはやふる

神代に結びし

朱の契り(ちぎり)

黄昏に解き

百鬼散るらむ」


明姫が歌を詠みあげ刃をなぞると、ふいに短刀が朱色の光を帯び、紅い刃が腰刀の丈まで延びる。

これには鬼も一瞬怯んだ。


「参ります」


明姫は鬼を見据え、足を踏み出した。


その瞬間、ふわりとたきしめた香が薫り、気がつけば鬼の少女の体は見えない糸のようなものに縛られ硬直していた。


「グぐぐぐァアアッッ!!!」


「!?」


昨晩の光景が甦る。


明姫が振り返ると、果たして白い装束の陰陽師が立っていた。


「陰陽頭殿!?」


驚く明姫を余所に、吉昌は細い指で印を組み、呪文を輪唱する。


「ウぁああああ……っっ」


苦しみに悶えていた鬼は再び少女の姿へと還り、やがて宵闇の陰へと溶けていった。


消え去る寸前の涙でぐしゃぐしゃになった少女の顔がやけに明姫の心に残った。



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