四 藤原邱にて
ふうっ。
明姫はため息をもらした。
今日一日、このように半部から庭園を眺めながらぼんやりと過ごしている。
昨晩の出来事が頭から放れないためだ。
(あの人は一体……?)
白い狩衣を纏った若き陰陽師。
母から貰い受けた明姫の護り刀に呪術がかかっていると告げた。
明姫は考えがまとまらぬまま、手元の絵巻物に目をおとす。
明姫のため息を、昨晩の謎の美丈夫に心奪われたせいだと勘違いした女房たちがこぞって持ち寄った恋愛物語である。
実際のところ、明姫にそういった甘い感情は無いのだが、何か共鳴のようなものを感じていた。
(私と似ている……?)
一日時間を費やして思案にふけったが、何故そう感じるのか解らなかった。
「考えごとか?明姫」
声をかけられ、はっと我にかえる。
「ああ、兄上」
見慣れた男の姿をみとめ、明姫は安堵の息をついた。
しかし、すぐに心を落ち着け、居住まいを正した。
「女房たちがお前が恋患いだと騒いでおったぞ」
明姫とは似ても似つかぬ武骨な顔をくしゃりと歪め、明姫の兄・藤原家隆 (ふじわらのいえたか)は笑った。
明姫の隣に無遠慮に腰を降ろす。
「お戯れを。一度会っただけの者を恋い慕うほど人間が出来ておりませぬゆえ」
明姫は上面だけの笑顔を浮かべた。
この兄と明姫、妹の葵とは異母兄妹であった。
「ふん。そうよなぁ」
家隆は何か言いたげに言葉を濁すと、つつと明姫の頬を人差し指の背でなぞった。
「お前に愛せるわけがない」
家隆が鼻で笑うのを、明姫はただ微笑んで見ていた。
「兄上っ!また姉上に意地悪して!」
そこへ、すっかり元気を取り戻した葵が姦しく割って入る。
「仲良く語り合っておるだけよ。のう?」
家隆はにやにやと笑い、明姫に同意を求めた。
「ええ、葵殿。何も心配することはありませんよ」
明姫は葵を落ち着かせるように優しく微笑んだ。
「兄上も、これ以上この妹らを困らせることはしないでしょう」
明姫が意味ありげに家隆に言うと、家隆はふんと鼻を鳴らして立ち上がった。
「明姫、お前こそこの兄に迷惑かけるなよ」
捨て台詞とも思える言葉で凄み、家隆はどかどかと床を鳴らして去って行った。




