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陰陽の如く  作者: とうご智
【第五章】 明姫、天狗に拐(かどわ)かさるる語

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四 乱入者


「はい、あ~ん」


「要りませんって!」


高経が差し出す木の実を、明姫は頑なに拒んだ。


外はもう日が落ちており、灯台にともされた光が洞窟内を照らす。


明姫は苛立ちすら感じ始める。


「なぁんかさ、明姫って思ってたのと違うよな」


「はい?」


高経は木の実を自分の口に放り込みながら言った。


「こう、何ていうかさ、もっと繊細ってゆーか、か弱いもんだと思ってた。天狗おれを見た瞬間、気絶するかと思ったし」


「はあ……」


明姫は高経の発言の意図を計りかね、気の抜けた返事をした。


高経は気にする様子もなく続ける。


「けど、違った。意外と肝が据わってるよな。俺があんた達の一行に襲い掛かった時も、あんた、妹?をかばって一番に飛び出してきたし」


「あれは……必死でしたので」


明姫は着物の上から懐刀の感触を確かめた。


「下手な男より男らしいよ、あんた。あ、失礼か?」


高経は豪快に笑った。

明姫は警戒する半面、高経の言葉に少しだけ喜んでいる自分に気付き困惑した。


姫君として暮らしている以上、「男らしい」という称賛は無縁だったのだ。


「高経殿は人間のようですね。天狗殿とは、もっと近づき難いものかと思っていました」


「あ~……、まあね。ま、でも俺みたいなのは稀だよ」


高経は一瞬視線を遠くにさ迷わせたが、すぐに明姫に向かってにかっと笑ってみせた。


「俺、あんたの眼が結構好きだ。最初も、真っ直ぐそらさずに俺のこと見てたよな」


正確には睨んでいたのだけど、と明姫は内心で呟く。


妙な空気の流れを予感し、明姫は何とか話題を逸らそうと言葉を探したが、それよりも早く高経が明姫の手を取る。


「やっぱ気に入った!俺の妻になれ!」


「お断りします」


即座に返事をすると、高経ががっくりうなだれた。



「絶対、俺と暮らしたら、今の何倍も幸せにするよ?」


「……幸せなど。この人生を歩み始めた時から、とうに諦めております」


表面こそ朗らかだが、明姫は自嘲した。


「明姫はさ、幸せになりたくないのか?」


高経が先程までとは打って変わり、真剣な表情をしている。


「……考えたことはありません」


母は遺言で女として生きるよう、真明を縛り付けた。

その契りが今も真明の人生の根底に在り続けるのだ。


「ふぅん。意外と受け身なんだな」


「受け身……?私がですか?」


「うん」


高経が頷く。


「例えば、さ。自分の力で何かを変えよう!とか、誰かと関わり合ったりさ。積極的に幸せになろうとしてないだろ?」


「……そうでしょうか」


「少なくとも俺にはそう見えるよ」


明姫は困惑したように笑った。


「高経殿は今お幸せなのですか?」


「……さぁて、どうかな?あっ、でも、明姫と一緒になれたら幸せになる自信はあるぞ!」


高経はまたも口を開けて笑い、明姫もそれにつられ苦笑する。


拐かした者と、拐かされた者。


本来相入れないはずの二人に和やかな空気が流れた。


「高経!こんな所で何をしているのだ!?」


突然、草の簾が掻き分けられ、若い女が顔を出す。

歳は明姫と同じぐらいであろうか、あどけなさを残すその顔は真っ赤な肌をしていた。

天狗の少女は明姫に気付くなり、ぎろりと睨み付けた。


麗葉うるは!?」


高経が天狗の少女を驚いたように凝視する。


「何でここが……?」


「お前の考えることなどお見通しだ!」


麗葉と呼ばれた赤い肌の少女はふんっと鼻を鳴らした。


「また人間の娘などにうつつをぬかして……!もう少し、次期頭首としての自覚を持て!!」


「次期頭首……?」


明姫は高経に視線を向けた。


麗葉が小馬鹿にしたように笑う。


「何だ、何も知らされてないのか?」


「麗葉!」


高経が声を荒げた。


「高経、おさがお前を探していたぞ。この娘が今宵の儀式のにえなのだろう?」


麗葉は意地悪く口元をゆがめると、明姫を見下ろす。


「お前はいつも人間に肩入れし過ぎだ。まだ未練があるのか?」


「うるさいぞ、麗葉!」


高経は口調を強めながらも、麗葉から視線を逸らした。


明姫は懐刀をいつでも抜けるよう構え、成り行きをじっと見守る。


「ふん、どうでも良いが、早く来い。準備は調ととのった。大爺おおじいも痺れを切らしているぞ」


「分かってるよ!」


高経は忌ま忌ましそうに言葉をたたき付ける。


そして、高まった気持ちを抑えるように息をつき、明姫を振り返った。


「……ごめんな」


高経が辛そうに囁く。


二人の天狗の会話からして、これから明姫の身に何か良くないことが起こるのは容易に予測出来た。


それでもなお、明姫は高経からは何の悪意も感じなかった。


(とはいえ、何とかここから逃げないと……)


そう決意し、明姫がそっと妖刀の封印を解くまじないの歌を口にしようとした時だ。


「見~っけ!」


「!?」


ぴょこっと小さな女童めのわらわが洞窟の入り口に逆さに顔を覗かせた。


「……!山茶花殿!?」


明姫と天狗たちが見つめる中、山茶花がくるりと軽やかに回転し、洞窟の中に着地する。


「何者だ!?」


麗葉と高経が身構えた。


このような山奥、しかも崖の横穴に女童が現れるのは明らかに不自然だ。


「さんは、しきがみだよ!」


「式神!?」


天狗たちが目を見張ると、続いて呆れたような静かな声がした。


「……自ら正体を明かすな」


入り口を塞ぐ蔦が鎌鼬かまいたちにすっぱり切り裂かれ、遮られていた冷たい夜気が一気に洞窟内に流れ込む。


はやて、退がれ」


まるで風に運ばれたかのように、白い狩衣をはためかせ、安倍吉昌が虚空から洞窟に降り立った。


陰陽頭おんみょうのかみ殿!!」


「陰陽師……!?」


吉昌は射抜くように天狗たちを見据えた。


「明姫は返してもらう」




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