九 胸に秘めしは
「まあ、何て幸せそうなお顔」
真雪が絵巻物に描かれた麗しい恋人たちを眺めながら、うっとりと呟いた。
美しい泉の傍で見つめ合う男女。
それは、俊道と蓮花の生き写しだった。
「まゆきさま、としみちとうわばみは幸せなの?」
横から覗き込んだ山茶花が不思議そうに真雪を見上げる。
真雪は優しく山茶花の髪を撫でてくすりと笑った。
「ええ、きっと」
二人は永遠の愛を手に入れたのだと、真雪は願わずにはいられなかった。
「……理解し難いな」
柱に寄り掛かり二人の様子を見守っていた吉昌がぽつりと言った。
「愛とは命を投げ出すほどのものなのか?」
吉昌は本当に不可解に思っているらしく、答えを求めるように真雪に視線を投げかける。
「全ての者がそうとは限りませんが……。けれど、時には命がけの想いもあるのではないでしょうか。愛する者の為ならば、この身を犠牲に出来るというような……」
真雪は絵巻物を糸で括りとめながら応えた。
「……真雪はそのような恋をしたことがあるのか?」
「えっ!?」
吉昌にしては珍しく人間味のある質問に、真雪は動揺した。
跳ね上がった心臓を落ち着けながらにっこり笑う。
「さあ、どうでしょうか。……吉昌殿はどうなのですか?」
我ながら不躾だと思いながらも、真雪は問い返す。
「……必要ない」
予想通りの答えであったが、真雪は胸の痛みを感じた。
「真雪もですわ。私は吉昌殿の妻なのですから」
感情を隠すかのように、真雪は笑顔を浮かべ続ける。
(吉昌殿)
真雪は絵巻物を吉昌に戻しながら内心でそっと決意を新たにした。
(私もあなたの為ならこの命を差し上げますわ。……例え、この想いが報われないとしても)
真雪の気持ちを知るべくもなく、吉昌はまだ納得がいかないように難しい顔をしていた。
【第四章・完】




