六 本性
「俊道様、いかがなされました?」
蓮花が心配そうに俊道の顔を覗きこんだ。
時は丑の刻、天高く流れる黒い雲が時々月を覆い隠している。
「何か心配事でも?」
「あ、ああ。いや、何でもない」
俊道はそう答えると、蓮花を抱きしめた。
考えに没頭し、いつの間にか蓮花に心配をかけてしまっていたらしい。
腕に収まり、俊道の胸に頬を擦り寄せる蓮花の肌は相変わらずひやりと冷たかった。
「俊道様、あたくしのこと、これからも愛して下さいますか?」
蓮花がそっと尋ねた。
「もちろんだ。愛しているよ、蓮花」
「……嬉しい」
二人は見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねる。
ふいに俊道の目に映る景色がぐらりと歪んだ。
心地良い陶酔感が身体中に満たされる。
力が抜けて蓮花にもたれ掛かる形になった。
蓮花が耳元で優しく囁いた。
「愛してます、俊道様。これからはずっと一緒ですわ。貴方の魂が育む果実は、きっととても甘くて美味しいのでしょうね」
乙女一人分の空間を空けた絵巻物が、蓮花の言葉に反応するようにひとりで開き、床に転がる。
絵の中のいびつな木に成った幾多の真っ赤な実には、よく見れば人の顔が浮かび上がっている。
どの顔も死の間際にあるような苦しみに悶えており、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図のような有様であった。
「さあ、参りましょう、俊道様」
蓮花はペロリと真っ赤な舌で自らの唇を舐めた。
俊道は抵抗するそぶりもなく、蓮花に身体を預けている。
蓮花から靄が湧き、包み込むように俊道の身体を這った。
「そこまでだ」
「……!?」
強く張り詰めた声が響き、蓮花は動きを止めた。
「……誰?」
月を背に、簀子に白い狩衣を纏った人物が立っていた。
その隣には、少年が朱い剣を手に構えている。
蓮花はその人間達が纏う空気に悪寒を感じた。
「お前……陰陽師か」
蓮花は抱き抱えていた俊道を床に寝かせると、きっと安倍吉昌を睨み付けた。
「……俊道は返してもらおう」
吉昌は静かに、だが有無を言わさぬ口調で告げる。
「……ふん」
蓮花の瞳は獲物を狙う爬虫類のようにぎとりと光り、開いた口の中は燃えるように赤い舌が覗いている。
「この男はもうあたしの物だ。誰にも邪魔させない!」
「絵に引きずり込む気か」
吉昌の問いに蓮花が鼻をならす。
「人間の男ってのは、本当に馬鹿だよねぇ。臆病なくせに、すぐに色に狂い自分を見失う」
蓮花の黒髪がうぞうぞと宙に広がり、蠢いていた。
「だから、良い思いをさせてやった見返りに、魂を頂いてるのさ。この男もあたしの正体も知らずに愛など語って……。本当に扱いやすいったら」
蓮花は倒れた俊道を見ながらくくっと喉で笑った。
俊道が口の中で「……蓮……花……」と寝言のように呻くのが聞こえ、蓮花は一瞬困惑の表情を浮かべる。
「東法師」
吉昌がそう口にすると、蓮花が恐ろしい勢いで振り返り、吉昌を睨めつけた。
「お前……何故その名を……!」
吉昌はその問いには応えず、静かに告げた。
「お前の正体は、蟒蛇だ」




