五 蓮花
「蓮花」と名付けられた乙女はそれから毎夜姿を現した。
二人は愛を交わし合い、時には止めどもなく語り明かし、無邪気に戯れることもあった。
俊道にとって蓮花と過ごす時間はこの上なく甘く、素晴らしかった。
浮世で染み付いた疲れも、蓮花に癒されるようだった。
その一方で、次第に身体に鉛でもまとわり付くようなけだるさも感じるようになった。
寝不足のせいとも思えたが、次第に体温も失われていくようでもあった。
「……顔色が悪いな」
昼間、俊道が参内すると、珍しく安倍吉昌が話しかけてきた。
そういえば、この男は蓮花が絵巻物から現れるのをまだ知らぬのだなと思うと口元がゆるむ。
だが、蓮花との誰にも話さないという約束を守り、口に出すことはしなかった。
「そうか?今私は幸福の極みなのだがな」
俊道はこれくらいなら口にしても問題なかろうと思ったのだが、吉昌がその綺麗に整った眉をひそめた。
「……やめておいた方が良い」
「え?」
俊道はどきりとする。
「……何のことだ?」
「女だ。絵巻物の乙女が現れたのだろう?」
俊道の心臓が早鐘のように激しく脈打つ。
何故か吉昌には知られてはいけない気がした。
「……吉昌、お前が言ったのではないか。あの乙女を絵巻物から出すことは無理だと」
冷静さを装ったが、声が上ずった。
吉昌がため息を吐く。
「……あの絵巻物は禍いをもたらす。今なら間に合う。私に渡せ」
その言葉を俊道は鼻で笑った。
「何だ。お前もあの絵巻が欲しくなったのだろう?だが、あれはもう私の物だ」
吉昌は俊道の眼が優越感と嫉妬に揺らぐのを見て取った。
俊道が以前自慢していた白い肌は、今は健康的な色を失い、青白くなっている。
「……そうではない。あの乙女はお前の生気を吸いつくすぞ」
「ははっ」
俊道は吉昌の話を一笑にふした。
「何だかんだと言ってもやはりお前も男だな、吉昌。美しい北の方と明姫がおってもまだ満足出来ぬのか」
「……」
吉昌は俊道を静かに凝視している。
俊道は心の中を射抜かれるようで、思わず視線を逸らした。
「……もう一度言う。あの絵巻物を私に預けろ」
「くどい!あれは誰にも渡す気は無い!」
俊道は吉昌に背を向けると、早足でその場を去った。
胸の辺りがむかむかしていた。
「……」
吉昌は去っていくその後姿を無表情のまま見送った。




