五 正体
「惟次殿……!?」
真明は正体の暴かれた影に向かって叫んだ。
惟次の顔を持つ影はよろめきながら、なお攻撃しようと向かってくる。
「なんや不格好どすなぁ」
藤がころころと笑いながら、惟次の攻撃をひらりとかわした。
「陰陽頭殿……!これは一体……!?」
目の前でひらひらと動いては惟次を引き付ける藤に視線を釘づけにしなながら、真明が問うた。
「……橘左近衛少曹が、お前の叔父をはじめ、数々の公達を殺めた後神だったということだ。先程焚いた香には、睡眠を誘う薬を混ぜておいた。それで本性を表したのだ」
「では……」
恐ろしい寝言を口にしていたのは、惟次自身だったのだ。
「しかし、何故惟次殿が……?」
「……さあな。さしずめ心に隙でもあったのだろう。そこに後神が憑いている。それもかなり根深いな」
「心の隙……?」
真明は改めて暴れ狂う惟次を見た。
その表情は憎悪に歪んでいるようでもあり、哀しみにうちひしがれているようでもあった。真明は胸が締め付けられるのを感じ、思わず大声を張りあげていた。
「惟次殿……!!」
惟次が動きを止め、ぎろりと真明に目を向ける。
藤は「あらまぁ」とだけ口にし、ひらりと舞うと惟次から距離をとった。
「何故ですか!?何故このようなことを……!?」
真明の問いかけに、惟次にまとわりつく影が揺れる。
『あな悔しや』
惟次の表情が更に引きつった。
『皆、私を馬鹿にする人間ばかりよ。だから、屠ってやった!!』
惟次の声は二つの声が重なるようにくぐもり、しゃがれていた。
惟次がくくっと喉を鳴らす。
『愉快よ!死んでしまえば私を嘲ることも出来ぬ!ハハハハハハ!!』
惟次の甲高い嗤い声が夜の闇に吸い込まれていく。
それは蝉の鳴き声ほども価値が無いと真明は思った。
「貴方は間違っている。気に入らない者を殺した所で、何も変わりはしない」
真明が静かな怒りを込めて告げる。
『黙れ!!』
惟次が喚いた。
「貴方自身が努力しなければ、また同じような状況を繰り返すだけだ」
真明はまるで自分に言い聞かせるように、凄んだ。
『五月蝿いっ!!お前なんかに何が分かる!!?』
「分かりますよ。人を呪う気持ちも、殺したい衝動も」
真明の瞳は普段の無邪気さとは変わり、冷たい光を宿していた。
惟次に絡む影が揺らぐ。
「殺めるだけでは解決出来ないことも」
『黙れぇぇぇぇっっ!!』
惟次と影がいり乱れながら、真明に突進する。
真明は刀を握りしめた、構えた。一瞬、躊躇いが頭を掠める。
「真明!!」
吉昌の声に真明は背中を押されたように覚悟を決め、惟次に挑んだ。
「あああああっ!!」
惟次が己が刃を振り下ろすよりも早く、紅の刃が惟次を袈裟型に切り裂いた。
『ぎゃあぁぁぁぁっっ!!』
断末魔と供に暗き影がいなごの大群のように惟次の身体から霧散した。
惟次ががくりとうなだれ、その場に倒れる。
かすかな砂埃が立ち上った。
「殺しはったのどすか?」
「……死にはしない」
ふわりと寄り添う藤に吉昌が答えた。
「あれは人を斬らずに妖のみを斬れる妖刀だ」
真明が肩で荒く呼吸をし、倒れ伏した惟次を見た。
惟次はひゅうひゅうと苦しそうに息をしている。
「……惟次殿、出来れば次は違う道を……」
真明は祈るように呟いた。




