三 犠牲者
吉昌が帰邸すると、母屋で真明と真雪が唐菓子を食べながら、和やかに歓談していた。
「あら、吉昌殿。お帰りなさいませ」
真雪が吉昌に気付き、立ち上がる。
「お邪魔しております、陰陽頭殿」
「……」
呆れているのか、関心が無いのか、吉昌は真明を一瞥すると無言のまま烏帽子を外し、髪を解いた。
「陰陽頭殿、せめて『何用か』と聞いて下さっても……」
そのまま何事もないように去ろうとする吉昌に、真明がいじける。
「そうですわ。吉昌殿は何事にも無関心過ぎますよ!折角、真明殿がいらっしゃって下さったのに」
烏帽子を受け取りながららすかさず真雪が抗議した。
いつの間にやら二人の間に妙な連帯感が生まれているらしい。
「……何の用だ?」
一応は二人の意見を取り入れたのか、吉昌が尋ねた。
真雪が満足そうに頷く。
「はい!実は陰陽頭殿に調べていただきたいことがあるのです」
先程とは打って変わり真明が真剣な顔で話を切り出す。
「先日、私の叔父上が何者かに殺害されました。供の者によると、叔父上は女性のもとに通う途中で、その夜は牛車を使わずに徒歩だったそうです」
その晩は月が綺麗なので歩こうと、真明の叔父は従者をひとりだけ連れて出掛けたという。
そうして従者が松明を持って先頭を歩き、朱雀大路を通り掛かった時だ。
背後から聞こえた主人の「ん?」という声につられて振り返ると、同じように後を振り返ろうとしていた主人の首が胴体から切り離され真っ赤な鮮血と供に飛んでいくのが見えた。
「従者が言うには、叔父は、まるで何かに背後から呼ばれたようだったと言います。その時あったのは月が作り出す影ばかりで、犯人の姿はなかったそうです」
真明は身内の忌み事だというのに躊躇うこともなく事の顛末を話した。
「このような怪異は他にも起こっていると聞きました。陰陽頭殿はどう思われますか?」
真明が吉昌を見やる。
「……後神か」
吉昌がぽつりと呟いた。
「後神?」
聞き慣れない言葉に真明と真雪が聞き返す。
「臆病神の一種だ。夜道で背後から肩を叩いたり袖を引っ張ったりして人間を脅かす。ただ、人の恐怖心を煽るだけで、実際に害を為すことはないのだが……」
吉昌は考え込むように、再び黙した。
「陰陽頭殿……?」
「……今宵、橘左近衛少曹の屋敷に行く。お前も来るか?」
「左近衛少曹といわれると、橘惟次殿ですか?父上の部下の……」
話題の飛躍に多少面くらいながら、真明は問い返した。
「そうだ」
「……分かりました。お供させていただきます」
真明は吉昌の意図を計りかねたが、とりあえず申し出を受けるぐらいには信用していた。
真雪が弟達を見守る姉のように、優しく笑った。




