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陰陽の如く  作者: とうご智
【第三章】 左近衛少曹、後神に引かるる語

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一 怪異の起こり


「夜半過ぎに、その男が供の者をつれずに歩いておった時よ」


蒸し暑い空気が立ち込めている内裏の片隅に、数人の公達らが固まっていた。


その内の一人がひそひそと声を潜めて話すのを、他の者が身を乗り出して聴き入っている。


「『もし、そこの御仁』と背後から肩を叩く者がいる。それも女の声よ。不思議に思った男が『はい』と答えて振り返ると……」


一同がごくりと息を飲み、話し手の公達を凝視する。話の主はもったいぶるように皆の顔を見渡した。


「気がつけば、男の首はすっぱり切り落とされておったのだと」


肩を寄せ合った公達らが小さく悲鳴をあげ、身震いをした。


その時、白い影が目の端を横切り、公達らは小さく跳び上がった。


「お、おお……!これは安倍殿!」


折よく通り掛かったのは、陰陽頭おんみょうのかみ安倍吉昌あべのよしまさであった。


一条天皇との謁見を済ませてきたところだ。

綺麗な顔立ちに白い狩衣がよく映えている。


「此度の怪奇、お聞きになられましたか?」


公達のひとりがつい今しがた話していた怪談をかい摘まんで吉昌に話した。


皆、答えを待つように期待をこめた眼差しを吉昌に向けている。

陰陽師である吉昌はその役職と無愛想な性格もあって、内裏では畏怖の対象であった。

それと同時に憧れ、興味を向けられることも多い。


「安倍殿はいかが思われますか?これはあやかしの仕業なのでしょうか?」


「…………」


公達たちの興奮とは裏腹に、吉昌はふうっとため息をつき、答えた。


「今の時点では判断しかねます」


「だが、しかし、瞬時に首を切り落とすなど人間技とは思えませぬ……!」


話を持ち掛けた公達が不満げに声をあげる。


「……ひとつ申せることがあるとすれば、無闇に怪談話をされないことです。寄って参りますぞ」


吉昌がいたって興味なさそうに言った。


「よ、寄って参るとは……?」


公達たちが早くも後悔しながら、目を白黒させる。


魑魅魍魎ちみもうりょうです。あの者らは人間の恐怖心も好物です故」


公達らは恐怖に声をつまらせ、震えながら辺りを落ち着きなく見回した。


そうして気がついた時には、吉昌は軽く会釈をして去っていく所だった。




吉昌が朱雀門を出ると、男が目の前に飛び出してきた。

この不意打ちに吉昌は足を止める。


「陰陽頭、安倍吉昌殿とお見受けします!」


褐衣かちえを身に着けていることから、近衛府の武士もののふだろう。

齢は三十ほど、中肉中背に平凡な顔立ちをしていた。

男は勢い良く飛び出した割にはおどおどと言葉を続ける。


「あ、あの、私は左近衛少曹さこのえのしょうそうを務めております、橘惟次たちばなのただつぐと申しまする」


近衛府でも低い官位とはいえ、都の警護を務めているとは思えない腰の低さだ。


「いかにも、私が安倍吉昌だが……」


「ああっ、吉昌殿!実は折り入ってお願いしたいことがございます!」


橘と名乗った男は懇願するように、両手を合わせた。


吉昌は本日何度目か分からぬため息をつく。


「……何だ」


断られることを覚悟していたのか、惟次はぱあっと顔を輝かせた。


「はい!……実は私の妻、秋野あきのの様子がおかしいのです。寝付いた夜中に、何やらぶつぶつと寝言を言うのですが……」


吉昌はため息を繰り返す。


「それはよくあることでは?」


「私も当初はそう思っておりました。むしろ、微笑ましくさえ思い、聞き耳を立てていたのです」


ここで惟次は辺りを憚るように、声の調子を落とした。


「ところが、聞こえてきた声は妻のものとは違うしゃがれ声でした。それも『あな悔しや、あな恨めしや』と繰り返しているのです。驚いて起きあがってみると、妻はいつも通りすやすやと寝息を立てていました」


惟次はがっくりと肩を落とし、両手で顔を覆った。


「もうひと月近くも続いております。先日などは、『ほふってしまえ』とおぞましい言葉を吐いておりました。普段の妻はおだやかで、よく尽くしてくれる良い女なのですが……。恐ろしくて恐ろしくて……もうどうしたら良いのか分からぬのです」


うなだれる吉昌は何事かを考え込むように黙したあと、淡々と告げた。


「では、今宵北の方の様子を見に参ろう」


「あ、ありがとうございます!」


惟次はほっとしたように笑顔を浮かべると、何度も礼を繰り返した。



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