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陰陽の如く  作者: とうご智
【第二章】 歌人、屍肉を喰らふ語

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五 飢(かつ)えし者


朱雀門を抜け内裏の外に出ると、裄平は口を押さえ走り出した。


今までに感じたことのないほどの飢餓感に目眩がする。


あの陰陽師の歌を聴いてからだ。


(早う……早う……!)


よろめきながらも、裄平は一心不乱に左京四条にある藤原中将の邸宅を目指した。



──始まりはいつ頃だったか。


裄平は自分の美しいものに対する執着が人並みに外れていることに気付いた。

美しいものを目にする度に、それらを自分のものにしたいと思うようになった。


そんなある日、裄平は用事で出向いた先で大層美しい姫君と出会ったのだ。

裄平は夢中になって文を送ったが、姫からの返事はつれないものばかりだった。


それでも、裄平は諦め切れずに歌をしたため続けた。


そのうち、その姫が病に臥せっているとの噂を耳にした。


裄平は思いたって、姫の屋敷へと忍び込んだ。

五感が冴え渡り、広い寝殿の中でも姫が寝ている場所は難無く見つけることができた。

御簾みすごしにしか見れなかった姫君が、今目の前に静かに横たわっている。


白磁のように色を失った肌は、とても「あはれ」であった。


──ああ、この姫君と一つになれたら。


裄平はそっと姫君の冷たくなった唇に口づけをした。


失った悲しみよりも、どうしても満たされない想いが裄平の中で色を濃くする。


それは空腹感に似ていた。

姫の遺体から立ち上る香りは未だ甘い。


──ああ、そうか


裄平はふいに心にかかった霧が晴れゆくのを感じた。


力には自信が無い裄平であったが、姫を抱え上げるとそっと屋敷を抜け出した。

足取りは軽やかだった。


自分の庵にたどり着くと、裄平は丁寧に姫の遺体を寝かせた。


──さあ、ひとつになろう


裄平は姫の着物を脱がせると、なたをさくりと白い腕へといれる。


どろりと赤黒い血が流れ出た。その匂いすらかぐわしい。


むしゃり


裄平は肢体から切り離された腕に血を出来るだけ零さぬよう、むしゃぶりついた。


──嗚呼、美味かな


美しい姫が、自分の中に取り込まれていく。

それは酒に酔うのに近い満足感を裄平に与えた。


夢中で姫の固くなった肉をむさぼった。

粘着質な血液は喉を潤し、身は胃の中にしっくり収まった。


いかほどの時間が経ったのだろうか。


あらかた喰らいつくし、残った残骸は庵の近くの古井戸へと捨てた。


裄平は生まれて初めての至福を味わったのだ。



(早う、明姫を……!)


藤原中将の邸が次第に近づいてくる。

裄平は唾液が顎をつたって落ちるのを感じた。

餌を見つけた獣のような素早さで、邸内へと滑り込む。


美しい匂いがする。

明姫の寝所はそちらだと感じ、渡殿を進んだ。


「明姫ぇ……!」


御簾の奥に横になる少女を見つけ、裄平はいきり立った。


そろりと姫に身を寄せる。

甘い花の香りがした。

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