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陰陽の如く  作者: とうご智
【第二章】 歌人、屍肉を喰らふ語

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13/21

四 歌合(うたあわせ)

昼下がりの清涼殿せいりょうでん


一条天皇の御前に、ずらりと歌合の参加者が左右二列に顔を合わせて座っている。


裄平と吉昌はちょうど向かい合わせだった。


「皆の者。この度の歌合はいつもとおもむきを替えようと思う。左方の組が上の句を詠めば、右方の組が下の句を詠んで答える。これを交互に繰り返していくのだ。上の句は勿論のこと、その返しの句の見事さも判者はんじゃが優劣を判定する」


帝が高らかに告げた。

参加する公達たちがざわめく。


通常は題目に対して互いに一句ずつ歌を詠み、それを比べるのである。

敵方が詠んだ上の句に下の句をつけるのは、難しいことのように思えた。


「陰陽頭・安倍吉昌の提案だ。なかなかに粋な計らいだと私は思うのだが」


一条天皇が言うと、公達らは静まり返る。


当然の如く吉昌に視線が集中したが、吉昌は興味なさそうに真っ直ぐに前を向いていた。


「異論がなければ始めるぞ」


帝が各位に合図をし、歌合が始まった。


題目は杜若かきつばた、葦、夕顔、姫百合など、夏の植物が挙げられる。


最初は戸惑っていた公達たちも、いざ始まってみれば、歌の才を遺憾無く発揮した。


そしていよいよ、裄平と吉昌の番が巡ってきた。


都きっての歌の天才と、魑魅魍魎ちみもうりょうと渡り合う陰陽頭。

この対決を一同が固唾を飲んで見守っている。


「参ります」


裄平が上の句を読み上げる。


「ひめゆりの

にほひ立ちたる

いとゆかし」

〔色も香も美しいこのひめゆりに、心を強く惹かれることよ〕


清涼殿内に感嘆のため息が広がった。


(腹が空いた……)


裄平は歌を詠み終えると、低く唸り声をあげている腹を押さえた。


目の前の陰陽師は目をつむり、下の句を思い描いているのだろう。

考える姿も様になる。


(明姫、吉昌……早よう……早よう……!)


心なしか喉も渇いてきた。


裄平は欲望を募らせ、抑制するためにこれまでに“平らげたもの達”を思い浮かべた。


「では、下の句をお詠み致します」


吉昌はそう切り出すと、裄平を射るように見据え歌を詠みあげる。


「あやめもしらぬ

手折たおるべきとは」

〔そのように美しいものを摘み取ろうとするとは、何と条理を知らないことか〕


凛とした声が響き渡り、こちらにも一同がうっとりと聞き惚れる。


「ぅ……ぐう……っ!」


裄平は突如自分の口が防がれたような息苦しさを感じ、呻いた。


「坂上殿、いかがなされた!?」


隣に居た公達が心配そうに問いかける。


裄平の顔は蒼白になり、ぶるぶると震えていた。冷や汗が全身に浮かび、ぜぇぜぇと荒く息を吐く。


「な、何でもございません……!」


そう答えたものの、裄平の今にも倒れんばかりの異変は目に明らかだった。


「気分が悪そうだな。坂上殿、遠慮などせずに今日のところは退がられよ」


一条天皇が気遣かって声をかける。


この帝は臣下に対しても情が厚いことで知られていた。


「有り難きお言葉。……で、では、恐れながら、本日はこれにて退散させていただきます」


裄平はようやくそれだけ述べると、辛そうに立ち上がり、ふらふらと殿上間てんじょうのまを後にした。


「吉昌殿の美しさにあてられたかな?」


公卿のひとりが戯れ言を言い、くすくすと笑いが広がった。

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