三 死の気配
この度の歌合に招かれた坂上裄平が参内すると、多くの公達がそわそわと羨望の眼差しを向けてきた。
中には、裄平が代筆で歌を詠んだことのある者も幾人か見受けられる。
「ああ、貴方は先日の」
裄平は、若者の集まりの中に数日前明姫に贈る歌を依頼してきた若き公達を見つけ、声をかける。
「お、おお!ゆ、裄平殿っ!」
若い公達は予想に反してびくりと身をすくませ、狼狽した。
「先日はありがとうございました。あ、あの……、私、先を急ぎますゆえ」
公達はおどおどとそれだけ述べると、そそくさと去って行った。
(……?)
裄平は訝しみながら、公達の後姿を見送る。
すると、ふと宮殿の柱に背を預けて立つ青年が目に入った。
白い狩衣をふわりと着こなし、白い肌に影を落とすほど長いまつげ。
すらりとした立ち姿がえもいわれぬ美しさだ。
取り巻く空気は、明らかに内裏にいる他の者と一線を画していた。
(美しい……!)
裄平を例えようもない空腹感が襲う。
気がつけば、ふらりと青年に近寄っていた。
「もしや、貴方様は陰陽頭、安倍吉昌様でありますか?」
以前から耳にしていた容貌に合うので、そう尋ねてみる。
「……いかにも。貴殿は『あはれの歌仙』坂上裄平殿ですね」
「歌仙などと、恐れ多い……!お会いできて嬉しゅうございます!」
興奮のためか、あるいは空腹のためか、裄平は自分の手が震えているのを感じた。
吉昌の側には、小舎人童のような成りをした十五・六才ほどの少年が寄り添っている。
こちらもなかなかの美少年であった。
「これは真明と申しまして、私の陰陽道の弟子でございます。歌合が見たいなどと申すものですから、本日は連れて参りました」
裄平の視線に気付き、吉昌が説明する。
真明は無言で会釈をした。
「それはそれは」
裄平が上機嫌で会釈を返す。
面をあげると、先程の公達がこちらの様子を窺っているのが見えた。
裄平の視線に気付き、慌てて目をそらす。
「いかがされましたか?」
吉昌が問う。
「いえ、先日お会いした公達がいらっしゃいまして。今日はどうも御様子がおかしいのです」
裄平が正直に答えると、吉昌も若い公達に目をやり、「ああ」と頷いた。
「あの者は明姫に歌など贈ったために、私が少々叱り付けたのです」
「明姫……とおっしゃると、吉昌様が大事にされているという?」
内心うろたえながら、裄平は聞き返した。
明姫という名に恐怖よりも興味が勝る。
「ええ。今は病に臥せっておりますが」
裄平は笑みが零れそうになるのを必死に取り繕い、神妙な顔をしてみせた。
「それは心配ですね。……しかし、藤原明姫様と申せば、大層な美姫とのお噂。例えるならば、どのような姫君なのでしょうか?」
吉昌は少し考えた後、答えた。
「狸……のような」
「「狸!?」」
裄平と真明が同時に声をあげ、真明は慌てて口を押さえた。
「そ、それはさぞかし愛らしいお方なのでしょう」
裄平が精一杯の愛想笑いを浮かべる。
折よく、判者から歌合を開始するとの声がかかった。
「では、また後ほど」
裄平はほっとしたように軽く会釈し、広間へと立ち去った。
「あの男、臭うな」
吉昌が誰に言うわけでもなく呟く。
香では隠し切れない死臭がした。
生肉を喰らう獣の体臭のような。
「……それはそうと、陰陽頭殿。狸以外にもう少し例えようがあったのでは…」
真明が控え目に抗議した。
「……そうか?」
当の吉昌は至って真面目に答えたつもりらしく、怪訝そうに真明を見た。
「……もう良いです」
真明は歌合にて吉昌がどのような歌を詠むのか心配になった。




