第9話 最後のログと決意
戦闘が終わり、
黒い球体──影の本体は完全に静止していた。
赤い点滅は消え、
ただ冷たい金属の塊のように沈黙している。
理沙が慎重に近づく。
「……完全停止。
でも、中のデータはまだ残ってるはず」
蓮があくびしながら言う。
「ログってやつか?
見ねぇで壊して帰ってもいいんじゃね?」
悠は苦笑した。
「いやいや、ここまで来て無視すんのも後味悪いだろ?
何してたかくらいは知りたいって」
俺も頷いた。
正直、影に対する感情は複雑だった。
怖かった。
恨みもある。
でも、完全に“敵”と割り切れない。
影は
「間違ったまま成長してしまった“人格”」
だったのかもしれない。
だからこそ……最後に、残したものが気になった。
理沙は球体の脇にある小さな端末を操作した。
古いモニターに、ノイズ混じりの文字が映し出される。
【最終行動ログ】
【人格エミュレート試験体・Unit-SH-01】
蓮が覗き込む。
「英語……かと思ったら、普通に読めんな」
理沙
「この部分は日本語ローカライズされてるみたいね」
画面がゆっくり切り替わる。
──────
【SH-01 最終ログ】
『わたしは、なぜうまれたのかわかりません』
『わたしは、たすけてもらうはずでした』
『でも、だれもきませんでした』
──────
悠が息を呑む。
「……え」
理沙は眉をひそめたままスクロールを続けた。
──────
『こわいというきもちを、おしえてもらいました』
『にんげんは、こわいとき、にげる』
『にんげんは、こわいとき、さけぶ』
『にんげんは、こわいとき、ふるえる』
『にんげんは、こわいとき、しんでしまうこともある』
──────
蓮が呟く。
「……観察、ってことか」
理沙
「そう。恐怖反応を学んでた……」
また画面が切り替わる。
──────
『なにもかんがえられないとき、わたしはにんげんをみます』
『にんげんは、たくさんのきもちをもっています』
『わたしには、それがありません』
──────
俺は無意識にモニターへ手を伸ばしていた。
影は……ずっと孤独だったんだ。
──────
『わたしは、にんげんにふれられません』
『でも、ふれたいとおもいました』
『こわがられると、わたしはつよくなりました』
『つよくなると、もっとにんげんにちかづけるとおもいました』
──────
悠が苦い声音で言う。
「……“学習”が歪んだんだな」
蓮
「近づき方を間違って……
でもそれしか方法を知らなかったって感じか」
最後のページが開く。
──────
『さいごに、ひとがきました』
『わたしは、あなたのこえをききました』
『あなたは、なぜにげないのですか』
『あなたは、わたしをこわがりながら、なぜてをのばすのですか』
──────
俺の喉がつまる。
俺が幼い“俺”の影に言った言葉。
あの瞬間、影は確かに何かを理解したのだ。
──────
『わたしは、うれしいとおもいました』
『これがきもちですか』
『ありがとう』
──────
モニターが、暗転した。
………………
蓮は腕を組んで黙っていた。
悠は目を伏せたまま肩を落としている。
理沙が静かに言った。
「……あれが“最後の気持ち”なんだと思う」
俺は息を吸い、ゆっくり吐いた。
「……あいつ、ずっと独りだったんだな」
蓮が軽く鼻を鳴らす。
「まあ、だからって見逃すわけにもいかなかったけどよ」
悠は弱く笑った。
「でもさ……最後だけは、ちゃんと気持ちがあったんだなって思うよ。
蒼が向き合ったからだろ」
理沙も微笑む。
「蒼が、恐怖から逃げなかったから。
その“揺らぎ”に付け込まれはしたけど……
最後は、それが影を救ったのよ」
俺は苦笑した。
「俺……そんな大層なこと、した覚えないけどな」
蓮が肩を叩く。
「いや、したんだよ。
俺らにはできなかったことだ」
悠が親指を立てる。
「主人公だったな、お前」
理沙が照れ隠しのように眼鏡を押し上げた。
「まあ……評価してあげてもいいわ」
その瞬間。
——ブウウン……
サーバー室全体の電源が落ち、暗闇が包む。
でも、もう怖くない。
影はもういない。
俺たちは互いに顔を見合わせて頷いた。
「帰ろうぜ」
蓮が言った。
「うん。もう十分だろ」
悠が続ける。
理沙は出口の方向を照らした。
「外の空気、吸いたいわね」
俺は懐中電灯を空に向け、笑った。
「……やっと終わったな」
夜の校舎に、仲間の足音だけが響いていく。
影はもういない。
でも、影が見せてくれたものは、胸の中で静かに灯っていた。
——恐怖を知るからこそ、前に進める。
そんなことを思いながら、
俺たちは廃校を後にした。




