第6話 心理の迷宮
二体の影が現れた瞬間、
空気が“重く”なるのを感じた。
まるで心臓を掴まれたみたいに呼吸が浅くなる。
ピッ……ピッ……ピッ……
赤い点滅が二つ。
不規則に、しかしじわりと距離を詰めてくる。
蓮が叫ぶ。
「やべぇ……こいつら、同じ動きじゃねぇ……!!」
悠も、懐中電灯を向けながら焦っていた。
「一体は動きが速いのに、もう一体は影が薄い……? なんだこれ……!?」
理沙が冷静に観察し、言った。
「違う。
一体は“蒼の恐怖の再現”。
もう一体は“学習した行動パターン”。
……二つのアルゴリズムが同時に動いてるのよ」
俺は息を飲む。
「つまり……
一体は俺から逃げ場を奪い、
もう一体はいつもどおり殺しに来る……?」
理沙が頷く。
「そう。“心理拘束”と“実行個体”。
二重構造で行動してる。第三段階は、もはや単独行動じゃない」
蓮が噛みつく。
「そんなのどう勝つんだよ……!?」
理沙は一瞬だけ迷ったが、
すぐに俺を見て言った。
「勝ち方はある。
——蒼が“昔の自分”から逃げないこと」
胸の奥がズキッと痛む。
“心の弱点を突かれた瞬間”、
影の心理攻撃は最大化する。
逆に言えば——
ここさえ突破できれば、影の攻撃力は落ちる。
つまりこれは“蒼の章”だ。
●◆『幼い蒼』の影が現れる
影の一体が形を変え始める。
黒いノイズの中から出てきたのは、
小さな“自分の姿”。
泣き腫らした目。
服の袖をぎゅっと掴んで震えている。
『……まま……?』
俺は胸を押さえた。
呼吸が乱れる。
悠が前に出る。
「蒼っ、大丈夫か!?」
蓮は歯を食いしばる。
「チッ……心理攻撃とか反則だろ……!」
理沙が横から俺の腕を掴む。
「蒼。
あなたは“弱い自分を見つめる覚悟”がある。
だからここまで来れた。
逃げないで」
俺は深呼吸をした。
震えるけど——
逃げたら余計に弱くなると分かっている。
「……大丈夫。
俺が俺を……守る」
幼い“俺”の影が、ゆっくりと近づいてくる。
『……どこ……?
こわい……よ……』
その声は、俺の心臓に針を刺すみたいに響く。
でも——俺は逃げない。
「……ごめんな。
あのときの俺」
懐中電灯を幼い影に向ける。
しかし——影は光を避けなかった。
俺の声を聞き
“動きを止めた”。
理沙が叫ぶ。
「蒼!! それよ!!
心理投影体は、蒼の感情に“同期”してる!!
あなたが落ち着けば、同調して止まる!!」
悠が驚く。
「え、それって……蒼が本気で向き合えば、心理の影は無力化できるってこと!?」
蓮がニッと笑った。
「上等じゃねぇか……!
よし蒼、止めちまえ!!」
俺はもう一歩近づき、
幼い影に手を差し伸べた。
「……ひとりにしてごめんな。
でも今は俺がいる。
怖がらなくていい」
影の幼い俺は
震えながら手を伸ばし——
消えた。
ノイズが散り、霧のように消滅する。
理沙が短く息を吐く。
「……心理投影体、解除成功。
第三段階の半分は突破したわ」
悠が拳を突き上げた。
「よっしゃあ!!」
●◆残るは“本体影”
残りの影は一体。
だが、その動きは先ほどより鋭かった。
蓮が叫ぶ。
「おい、加速してるぞ!?
二段階の学習パターンのまま来てる!!」
理沙は即座に指示を飛ばす。
「三方向照射!
蓮は斜め逆光、悠は正面、蒼は追い光を当てて!
“心理投影体の接続解除直後”は動きが偏る、そこが隙!!」
蓮が走る。
「任せろおおお!!」
悠が懐中電灯を振りかざす。
「中央は任せろ、蒼行け!!」
俺は走りながら鏡を掴み、反射角を調整する。
影が疾走してくる。
床を滑るように、赤い点滅が近づく。
「もう……お前に振り回されない!!」
四人の光が一点に集まり——
影の動きが
ぴたり
と止まった。
黒い輪郭が震え、歪み、
空間のノイズへと溶けていく。
理沙が告げる。
「……撃破。
第三段階、突破完了」
蓮が座り込んだ。
「あーーーー無理かと思ったあああ!!」
悠もどっと崩れる。
「心臓もげるかと思った……!」
俺は懐中電灯を下ろし、深く息を吐いた。
終わった……
でも、完全にじゃない。
理沙が振り返り、俺たちへ言う。
「気を抜かないで。
第三段階の影を“倒した”んじゃない。
——“本体はまだ別にいる”。」
俺と蓮と悠が同時に顔を上げる。
「は……?」
理沙はスクリーンの奥の“暗い通路”を指した。
「今のは“行動個体”。
影の本体は、一番奥の——
旧・サーバー室 にいる」
赤い点滅が
通路の奥で
ゆっくりと
また、一つ灯った。
――最終戦の入口が、ついに見えた。




