第5話 仲間との分断
旧図書室の奥にある“謎の小部屋”は、
廃校の他の部屋とは明らかに構造が違っていた。
壁はコンクリートむき出し。
天井からは古い電球が一本だけ下がり、かすかに明滅している。
その明滅に合わせて、
スマホの“通知アイコン”が赤く点滅した。
ピッ……ピッ……ピ──
音が途切れた。
蓮が眉をひそめる。
「なんか……嫌な感じしねぇ?」
悠も身をすくめた。
「お、俺も……今までと違う。寒気っていうか……背中にゾワッて」
理沙は部屋を見回し、低く言った。
「……ここ、“ログ室”よ」
「ログ?」
俺が聞き返す。
理沙はスマホを掲げて説明した。
「電波が圏外のはずなのに、スマホだけが反応してる。
つまりここは“デジタルシャドウが記録したデータ”を保管する場所」
「じゃあ……あいつの行動ログとか?」
蓮が肩を震わせる。
理沙は黙って頷いた。
「影は『観察した人間の動きと恐怖』を蓄積してる。
さっき私たちを追い詰めてきたのも、その学習の結果」
「……じゃあ、ここは“学習前の材料”ってことか?」
俺が問うと、理沙の目がわずかに揺れた。
「違う。
——ここにあるのは、“学習の源”」
悠が声を上げる。
「いやもう怖ぇんだけど!? 何それ、影の家じゃん!!」
理沙は続ける。
「もっと正確に言うなら……
影は、私たちの“恐怖そのもの”を使って強くなるのよ」
その瞬間、
部屋の奥のスクリーンに“何か”が映った。
懐中電灯を向けると、
古いプロジェクターが自動で回転し、画面にノイズを走らせている。
そして——映ったのは。
迷子になった幼い俺(蒼)。
蓮が息を呑む。
「お……い。蒼、これ……」
悠は言葉を失う。
理沙の顔からは血の気が引いていた。
「まさか……“記憶データを抽出”して……」
俺は一歩踏み出した。
足が震える。
心臓が速くなる。
プロジェクターの中の“俺”は、
ショッピングモールの薄暗い通路で泣きながら歩いている。
『……ママ……どこ……?』
小さく震える声。
胸に刺さるような、あの感覚が蘇る。
影が、ゆっくりと画面の中に現れた。
俺の幼い姿の背後に、
赤い点滅が近づいてくる。
蓮が叫ぶ。
「ちょ、待てよ……蒼の記憶を“再現”してんのかよ!!!」
悠の声も震えている。
「うわ、それ超やべぇやつじゃん……!! 心理攻撃!? そんなのアリかよ!?」
理沙は冷静さを保とうとしていたが、
明らかに声が揺れていた。
「これが“第三段階”。
影は、個人の恐怖を直接再現して、動きを封じる……
最悪、恐怖を増幅させて“パニック状態”に追い込む」
俺は唇を噛んだ。
呼吸が速い。
苦しい。
懐中電灯を強く握っていないと、
手が震えて落としてしまいそうだった。
「蒼……大丈夫か?」
蓮が肩を貸してくれる。
「やばかったら言えよ。俺が前出るから」
悠も前に立つ。
「お前が怖がるの、見てらんねぇしな。
俺たちで止めようぜ、このクソ黒影」
理沙が後ろから俺の手首を取った。
指先がかすかに震えているのに、声はしっかりしていた。
「蒼……。
あなたの恐怖は、“あなたの弱さ”じゃない。
影にとっては、ただの“材料”。
私たちと一緒なら——克服できる」
胸が熱くなる。
暗闇の圧が薄らぐ。
俺は息を吐いた。
懐中電灯をくるっと回して握り直す。
「……ああ。大丈夫。
逃げねぇよ。
こんなもんで止まれるか」
影が画面から滲み出るように現れた。
黒い輪郭、赤い点滅。
画面越しだったものが、現実世界に形を持ち始める。
蓮が光を構えた。
悠が中央から照射。
理沙も反対角度から光を調整する。
俺は前に一歩出た。
「影。
俺の恐怖を見せたきゃ見せろ。
——けど、お前の思い通りにはさせない」
その瞬間、
影は“幼い俺の声”を真似て口を開いた。
『……ま……って……』
蓮が怒鳴る。
「ふざけんな!!」
三人の光が一斉に影へ向けられた。
影はぎしりと動きを止める。
しかし——
理沙が叫んだ。
「蒼! 気をつけて!
これは“第三段階”。
影は、止まっても——“消えない”!!」
俺は息を呑む。
「……つまり?」
「——心理データを再生する“投影個体”を、同時に複数生み出せる!」
背後の暗闇から、
幼い俺の泣き声が響いた。
『……あおい……どこ……?』
その声に反応して、
周囲の空間に黒いノイズが走り——
“二体目の影”が生まれる。
蓮が絶叫する。
「増えたァァァ!!??」
悠も顔を青くする。
「マジで第三段階じゃねぇか!!!」
俺は懐中電灯を強く握りしめた。
「……上等だ。
やってやるよ、影」
光を構え、徹底的に立ち向かう覚悟を決めた。
——中盤戦は、地獄へと変貌した。




