第3話 恐怖の学習体
廊下を進むたびに、空気の温度が変わるような気がした。
蒼(俺)は、懐中電灯を胸元の高さに持って歩を進める。
「蒼、そっちは異常なし?」
スマホから理沙の声。一定のリズムで落ち着いていて、不安を抑えるような響きがある。
「今のところはな。影の動きが静かなのが逆に怖いけど……」
「わかる。でも、それは『次の手を考えてる』ってことよ。あれは“学習型”。さっき、光の迷路を使ったでしょう?」
「それを見て、対抗する形を探ってるってことか」
「その通り。次はもっと複雑になるわ」
蓮が横から言った。
「うわー……マジでボス戦のAIかよ。俺ら、絶対あのゲーム会社に訴えられるやつじゃね?」
「どういう心配だよそれ」
「いや、だって現実で学習AIのモンスターに追いかけられるって、訴訟沙汰だろ……!?」
蓮は喋ることで恐怖を紛らわせている。
さっきまで震えていたのに、俺の横に来てるあたり、根が勇気あるんだろう。
◆分断された仲間の気配
理沙が声を低くする。
「それより……蒼、蓮。さっきから“鳴ってる通知”に気づいてる?」
「え……あっ」
蓮も同時に気づいたらしい。
俺のスマホではなく——廊下のどこかから、一定間隔の通知音に似た電子音が響いている。
「……あれ、人のスマホじゃないよな」
蓮がごくりと唾を飲む。
確かに、あれは“電子音”だが、生っぽい。機械のようで、機械じゃない。
理沙が指示を出す。
「慎重に近づいて。あの音、たぶん“影のルート誘導”として使われてる」
「わざと鳴らして誘うってことか」
「ええ。こっちの行動データを取るためかもしれない」
……モンスターに“行動データ”なんて言われると恐怖が2割増しだ。
俺たちはゆっくりと教室の前まで近づいた。
音は、この中から聞こえてくる。
蓮が袖を掴んでくる。
「なぁ……先に言っとくけど、俺は開けるの反対な」
「そう言いながら前に立ってるのがお前のすごいところだよ」
「いやいや褒めてる場合じゃ——ひっ!?」
ドアの隙間から、赤い点滅が瞬いていた。
蒼(俺)は呼吸を整え、ゆっくりとノブを回す。
ギィ……と音がした瞬間、スマホが震えた。
理沙からの短い文字。
【開ける前に“光の角度”を確保して】
「あ……」
俺は慌てて懐中電灯を斜め45度に構え直した。
「よし……開けるぞ」
ドアが開く。
◆教室の中にいたもの
そこにあったのは——
壁にうずくまり、肩を震わせている“誰かの人影”。
「……ッ!!! 誰かいるぞ!」
蓮が叫ぶが、すぐに気づく。
その影は、こちらに顔を向けない。
ゆっくりと震えながら、電子音を発し続けている。
ピッ……ピッ……ピッ……
「まさか……あれ、フェイク?」
蓮が呟く。
俺は全身が粟立つような感覚を覚えた。
影は、明らかに“人の形”を模している。
しかし——よく見ると、身体の輪郭が揺れている。
ノイズが走るように、明滅しながら。
「デジタルシャドウ……“変身”?」
理沙の声が電波越しでも鋭い。
「いや……変身じゃない。偽装だ」
俺は気づいていた。
“あいつは、人を真似ている”。
蓮がたじろぐ。
「ふざけんなよ……なにこれ。モンスターが、人の形して誘ってるのかよ!」
俺が近づこうとした瞬間——
影がカクンと動き、こちらへ首を向けた。
赤い通知アイコンがゆらりと浮かび、
電子音が大きくなった。
「——蒼、後ろッ!!」
理沙の叫び。
◆裏からの奇襲
振り向いた瞬間、
黒い影が廊下の奥から滑るように迫ってきていた。
「くっ……!」
俺は反射的に懐中電灯を向けるが、影は“光の直前で止まらず”、別の角度へ切り替えた。
理沙が叫ぶ。
「予測してる! 蒼、あいつ——光の方向を読んでる!」
蓮が俺を突き飛ばすように前へ出た。
「っし、だったら——これだ!」
蓮は倉庫から持ってきていた透明プラスチック板を影に向けた。
懐中電灯の光が板に反射し、影へ“斜め”に当たる。
黒い影は一瞬だけ硬直した。
蓮が叫ぶ。
「今だ蒼ッ!!」
俺はすぐさま横へ走り、教室の外へ飛び出す。
影が動きを取り戻す前に、俺たちは廊下の角を曲がった。
◆試される連携
息が切れる。
しかし、さっきよりは動けている。
俺は徐々に暗闇への恐怖を押し込んでいた。
理沙が静かに言う。
「蒼、蓮。やっぱり影は“学習”してる。光の角度も、俺たちの行動も」
「じゃあ次はどうすればいい」
俺が問うと、理沙はすぐに答えた。
「——再合流する。全員で動かないと勝てない」
「だよな」
蓮が拳を握る。
「合流ポイントを決めましょう。旧図書室。そこなら“複数方向から光を確保できる”。あいつの追跡を分断できるわ」
俺たちは走り出した。
旧図書室へ向けて。
仲間のもとへ。
影の赤い点滅は、
こちらの動きに合わせるように、静かに追ってくる。
——これは、ただの逃走じゃない。
“こいつの攻略法を見つけるための戦い”だ。
「蒼、次のステージよ。準備はいい?」
理沙の声。
俺は懐中電灯を強く握り、息を整えた。
「——ああ。次で決める」
次の瞬間、旧図書室の扉が見えた。
その前に——
薄く、かすかに、誰かの足音が聞こえてきた。
「……っ!?」
蓮が目を見開く。
俺も気づいた。
これは“影”じゃない。
もっと軽い、人間の——
「おーーーーい!! 蒼ーーッ!!」
聞き慣れた、
少し鼻にかかった声。
それは俺たちの仲間、
もうひとりのメンバーの声だった。




