第1話 廃校の夜
夜の風は冷たく、懐中電灯を握る指先がかすかに震えた。
……いや、これは寒さじゃない。
「蒼、顔が強ばってるよ」
横から理沙が覗きこんでくる。スマホの光に照らされたその表情は、いつも通り冷静で、どこか皮肉っぽい。
「べつに。ちょっと息を整えてただけだ」
俺は懐中電灯を指先でくるっと回してみせる。緊張するといつの間にかやってしまう癖だ。
理沙は肩をすくめた。「そう。じゃあ入ろっか。目的は達成しないとね」
後ろでは蓮が大きく息を吐きながら懐中電灯を振っていた。
「……なんか、マジでやばそうじゃね? いや、別にビビってるわけじゃねぇけど! ほら、弟と肝試しした時みたいな……あ、いや、忘れてくれ」
強がるくせに緊張が声に出やすいのが蓮だ。
俺たちは自分からここへ来た。
廃校棟に“何かいる”という噂の真偽を確かめるために。
——いや、もっと正確に言うと、確かめる必要があった。
俺には閉鎖空間への苦手意識がある。
小さい頃、デパートで迷子になって……あの時の息苦しさがずっと残ってる。
それを克服したいと思っていた。
だからこそ、ここに来ることを提案したのは俺だ。
「じゃ、行くぞ」
懐中電灯を前にかざし、廊下に一歩踏み入れる。
古い床板がミシ、と音を立てた。
湿った空気が肌にまとわりつき、胸がわずかにざわつく。
……息がしづらい。
深呼吸しようとしたその時——
理沙のスマホが突然震えた。
「うん? ……通知?」
理沙が画面を見た瞬間、眉を寄せる。
「変だね。圏外なのに……通知アイコンが、浮いてる?」
画面の中央に赤い点滅。
その点滅が、廊下の奥にある暗がりと、ぴたりと重なる。
——誘導している? いや、それとも……
「これ……誰かのイタズラじゃね?」
蓮が不安げに言う。
俺が答えるより早く、廊下の奥で“黒い影”がぬるりと動いた。
「っ……!!」
俺は反射的に懐中電灯を向けた。
光に照らされた影は、一瞬だけ動きを止め……
次の瞬間、光の外へ“逃げる”ように滑った。
理沙が息を呑む。「……光を、嫌ってる?」
蓮は声を裏返しながら言った。「ちょ、ちょっと待てよ! これマジでやばいやつじゃね!?」
そのわりには、俺たちの前に素早く立ちはだかってるあたり、蓮らしい。
だが、黒い影はすぐに再び現れる。
今度は、赤く点滅する“通知アイコンの顔”のようなものを揺らしながら——
「来る……!」
俺たちは一斉に廊下を駆け出した。
懐中電灯、スマホ、揺れる影。
古い教室のドアを抜け、倉庫に転がり込み——
「蒼! そっち行くな!」
蓮の声が聞こえた瞬間、何かに足を取られ、視界が揺れた。
倒れこみながら見上げた先。
光の外側、真っ暗な廊下の先に「そいつ」が立っている。
……これはただの噂じゃない。
確かに“ここにいる”。
俺たちは倉庫に逃げ込んだが、影に押し分けられ、
気づけば——俺たちは完全に分断されていた。
暗闇の中、俺は懐中電灯をきつく握る。
指先が震える。
胸がざわつき、息が詰まる。
……でも、逃げるわけにはいかない。
スマホ越しに理沙の声が届いた。
「蒼、聞こえる? 光——影のパターンがある。追跡は“法則的”よ」
「法則……?」
「そう。これ、倒せるかもしれない」
蓮の声も割り込んでくる。
「蒼! とりあえず無事なら返事しろ! 全員で絶対に脱出すんぞ!」
俺は深く息を吸い、
懐中電灯をくるっと回し、握り直した。
「ああ……わかってる。ここからだ」
——こうして俺たちは、
デジタルシャドウとの“攻略戦”を始めることになる。




