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第9章:夢のチーム再結成

 渡辺という名の希望の光を得た鼠園は, すぐさま行動を開始した。

 彼の「作戦司令室」と化したタワーマンションの一室から、暗号化された通信回線を通じて、かつて夢の国で共に戦った「仲間」たちへ、招集のシグナルを送ったのだ。

 それは、ただの業務連絡ではない。彼らだけが知る、特別な合図だった。

 ――『ショータイムの時間だ』。


 最初の応答は、メッセージを送ってから、わずか十分後に届いた。

 相手は、日本のハッカー界で「ウィザード(魔術師)」の異名を持つ男、黒沢航くろさわ わたる。ディズ・リゾートの鉄壁のセキュリティシステムを、たった一人で構築した天才エンジニアだ。普段は、シリコンバレーのIT企業で気ままなコンサルタントとして暮らしている。


 画面に、彼の皮肉めいたメッセージがポップアップした。

『やれやれ、国賊にまで落ちぶれた元上司から、夜中に呼び出されるとはね。で、今度の敵は国家権力かい? 面白くなってきたじゃないか』


 次に連絡してきたのは、経理のプロフェッショナル、冷静沈着な氷の女、氷室玲奈ひむろ れいなだった。大手監査法人から鼠園が引き抜いた彼女は、どんなに複雑な金の流れも、金の匂いを嗅ぎ分ける猟犬のように、その不正を暴き出す。


 彼女からのメッセージは、短く、そして的確だった。

『状況は把握した。敵の金の流れ、丸裸にしてやる。必要なデータは?』


 そして最後に、ビデオ通話の着信があった。画面に映し出されたのは、胡散臭い笑顔を浮かべた、元大手広告代理店出身の広報・メディア戦略のプロ、電堂博通でんどう ひろみちだ。彼は、世論という名のモンスターを手なずける術を知り尽くした、トリックスターだった。


「いやー、鼠園さん! テレビで見ましたよ! 見事な悪役っぷり! あんた、日本で今一番有名な男だぜ!」


 電堂は、ふざけた口調で言った後、ふっと真顔になった。

「で、その最悪な評判を、どうひっくり返してほしいんだ? あのタヌキ親父(吉本)を、地獄の底まで叩き落とす最高のシナリオ、考えてやるよ」


 黒沢、氷室、電堂。

 彼らは、鼠園がディズ・リゾートで最も信頼していた、最強のチームメンバーだった。それぞれが一癖も二癖もあるが、その能力は超一流。そして何より、彼らは鼠園と同じ哲学を共有していた。

 ――最高のショーのためなら、どんな困難も乗り越える。

 鼠園は、三人とのビデオ会議をセッティングした。

「みんな、集まってくれて感謝する」


 画面越しに、懐かしい顔ぶれが並ぶ。彼らは、世間のバッシングに疲弊した鼠園の顔を見て、同情するでもなく、ただニヤリと笑った。それが、彼らなりの友情の示し方だった。

 鼠園は、渡辺から得た内部情報と、自らが集めた状況証拠を、三人に共有した。

「敵のボスは、吉本ごうぞう。奴の目的は、万ミャクを意図的に失敗させ、その責任を俺に着せることで、跡地のIR利権を独占することだ。そして、その裏には、我々の想像を超える規模の汚職と不正が隠されている」


 その言葉を聞き、黒沢がキーボードを叩きながら言った。

「なるほどな。渡辺君とかいう内通者が手に入れた『裏帳簿』のデータさえあれば、金の流れは追える。だが、問題は、そのデータが本物だと、どうやって世間に証明するかだ。敵は、ただのデータなら『捏造だ』と一蹴するだろう」


 すると、氷室が冷静に続けた。

「ええ。だからこそ、金の『入口』と『出口』を、物理的に押さえる必要がある。吉本に賄賂を渡した側の企業の、裏の金の動き。そして、吉本の政治資金団体に金が渡ったという、動かぬ証拠。その二つが必要よ」


「そこで、俺の出番ってわけだな」

 電堂が、待ってましたとばかりに指を鳴らした。


「いいか、鼠園さん。ただ真実を暴露するだけじゃ、民衆は動かない。必要なのは『物語』だ。悲劇のヒーローが、巨悪に立ち向かい、大逆転を果たす、痛快なエンターテインメントさ。そのクライマックスで、動かぬ証拠を叩きつけるんだ。最高のショーとしてな」


 かつて、ディズ・リゾートで、最高のパレードを創り上げるために何度も交わした議論が、そこにあった。立場は変わり、舞台は暗い現実となったが、彼らの情熱と手法は、何も変わっていなかった。

 鼠園の目に、再び力が宿る。


「ああ、その通りだ。作戦を詰めよう」

 そこから、彼らの緻密な作戦会議が始まった。

 まず、黒沢が、渡辺から安全にデータを受け取るための、絶対に追跡不可能なデジタル上の受け渡しルートを構築する。


 次に、氷室が、そのデータと公表されている決算情報を照合し、金の流れの矛盾点を洗い出し、賄賂を渡した企業のリストアップと、金の最終的な行き先であるダミー会社を特定する。

 そして、電堂が、その情報を、どのタイミングで、どのメディアを使って、最も効果的に世間に暴露するかの、完璧なシナリオを描き出す。


 鼠園は、そのすべてを統括する、ショーの総監督だ。

「いいか、みんな。これは、単なる復讐劇じゃない」


 鼠園は、画面の向こうの仲間たちに、力強く語りかけた。

「これは、金と権力によって歪められた真実を、我々の手で取り戻すための戦いだ。そして、子供たちが見るはずだった『夢』を、欲望の怪物から守るための、最後のショーだ」

 その言葉に、三人は黙って頷いた。


 彼らの顔には、もはや遊びの色はなかった。プロフェッショナルの、鋭く、そして誇り高い表情がそこにあった。

 かつて、夢の国で、何百万人ものゲストにハピネスを届けた伝説のチームが、今、この密室で、再結成された。


 その目的は、ただ一つ。

 巨悪・吉本ごうぞうに、史上最高の「お仕置き」という名の悪夢を見せることだ。


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