第18章:小さな灯火
「ターゲットは、大企業じゃない。この街に住む、すべての人々だ」
私のその一言で、私たちの戦略は180度転換した。電堂が仕掛けた次なる一手は、まさに彼が得意とする、世論を味方につけるための、痛快な「お祭り」だった。
その名も、「#みんなの万ミャク跡地 〜未来のOSAKA、描いてみようぜ!〜」。
電堂が中心となり、SNSを主戦場とした、大規模な市民参加型のキャンペーンを開始したのだ。
「あの殺風景な空き地に、あなたなら、何を作る?」
夢のあるキャッチコピーと共に、私たちは、CGで作成した万博跡地の鳥瞰図をウェブ上に公開。そして、誰でも自由に、その「キャンバス」に、自分の夢を描き込める、専用のアプリケーションをリリースした。
「子供が裸足で走り回れる、巨大な芝生広場がほしい!」
「野外ライブができる、ロックなステージを作って!」
「ワンちゃんと思いっきり遊べる、日本一のドッグランを!」
「いやいや、ワイはたこ焼き屋台が100軒並ぶ広場がええわ!」
最初は、ごく一部の若者たちの間で始まったこの「お絵描き」は、その手軽さと面白さから、瞬く間にSNSで拡散されていった。電堂は、インフルエンサーや地元の有名人を巧みに巻き込み、その火に油を注いでいく。
やがて、ムーブメントはネットの世界を飛び出し、テレビのワイドショーや新聞のコラムでも「新しい市民運動の形」として、好意的に取り上げられるようになった。
そして、この祭りの熱気を、リアルな力へと変えるための、次なる一手。
それが、クラウドファンディングだった。
「あなたの夢を、実現するための、最初の一歩を。一口1000円から、未来のオーナーになりませんか?」
目標金額は、3000万円。
跡地の一角を借り受け、市民の手で、小さな公園とイベント広場を実際に作るための、最低限の資金だった。
「無謀だ」「そんな大金、集まるわけがない」という周囲の冷ややかな声を、私たちは無視した。
「これは、金を集めるのが目的じゃない」
作戦会議で、私は言った。
「これは、我々の仲間が、この大阪にどれだけいるのかを、可視化するための『投票』なんだ。たとえ目標に届かなくても、この挑戦自体が、大きなメッセージになる」
しかし、その私の予想は、良い意味で裏切られることになる。
クラウドファンディングが開始された、その日の夜。
事務所のパソコンを囲んでいた私たちは、信じられない光景を目の当たりにしていた。
支援金のカウンターが、まるで壊れたスロットマシンのように、猛烈な勢いで回り続けているのだ。
開始から、わずか1時間で1000万円を突破。
深夜0時を回る頃には、目標の3000万円を、いとも簡単に達成してしまった。
そして、朝を迎える頃には、支援総額は、5000万円を超えていた。
「うそだろ」
電堂が、呆然と呟く。
渡辺は、支援者から寄せられる「頑張れ!」「応援してる!」「大阪の未来を頼んだぞ!」という、無数の熱いメッセージを読みながら、静かに涙を流していた。
私たちが戦っていた「見えない壁」。その正体である、しがらみや無関心という名の分厚い霧。
その霧の向こう側には、こんなにも多くの、街の未来を真剣に考える「仲間」がいたのだ。
彼らは、声を上げるきっかけを、ただ待っていただけなのだ。
この成功は、私たちに、何物にも代えがたい勇気と自信を与えた。
それは、暗闇の中で、ようやく自分たちの手で灯すことができた、小さく、しかし、どこまでも温かい「灯火」だった。
このニュースは、もちろん、あの男の耳にも届いていた。
府庁の理事長室で、ネットニュースの記事を忌々しげに眺めていた、安田だった。
「素人どもが、お祭り騒ぎで調子に乗りおって」
彼は、小さく悪態をつくと、受話器を取り、ある番号へとダイヤルした。
「私だ。例の件、少し前倒しで進めてもらおうか。これ以上、あの連中を、のさばらせておくわけにはいかん」
私たちが灯した小さな灯火が、思いがけず、眠っていた巨悪の残党を、刺激してしまったことに、私たちはまだ、気づいていなかった。
だが、もはや、私たちは恐れないだろう。
自分たちは、決して一人ではないことを、知ってしまったからだ。
何万人という、名もなき市民の思いが、今、私たちの背中を、力強く押していた。




