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第14章:欲望の塔の崩壊

 あの夜、私が引き金を引いたショーの結果は、翌朝、テレビをつければ、画面の中で、現実のものとなっていた。

 吉本ごうぞうが、昨夜と同じ高級スーツのまま、検事たちに両脇を抱えられて東京拘置所へと入っていく姿。その映像を、私は新大阪駅のホテルの部屋のベッドの上から、ただ静かに眺めていた。まるで、遠い国の出来事のように。


 なにわジオテック、デジタル浪速。賄賂の温床となった企業には、次々と家宅捜索が入り、経営者たちが連行されていく様がニュース速報で流れる。あの魔女裁判で私を吊し上げた協会の幹部たちが、やつれた顔で検察の聴取に応じる姿もあった。

 彼ら一人ひとりの絶望に歪んだ顔を、私は、忘れないだろう。


 吉本が長年かけて築き上げてきた、権力と金で結びついた「欲望の塔」。

 その主を失った瞬間、それは、私が想像した以上に、あっけなく崩れ去っていった。


 世間の手のひら返しは、予想通り、そして予想以上に、速やかだった。

 昨日まで吉本を「大阪の英雄」と持ち上げていたコメンテーターたちが、鬼の首でも取ったかのように、彼の悪行を声高に断罪している。

「断じて許しがたい!」

「我々も騙されていた!」


 その光景に、私は、もはや何の感情も抱かなかった。ただ、巨大な権力という名の光が消えた時、その周りに集まっていた者たちが、いかに無責任に散っていくかを、冷めた目で観察しているだけだった。


 世間では、今度は私を「悲劇のヒーロー」「正義の告発者」と持ち上げる論調が溢れていた。協会からは、名誉回復と復職を打診する、虫のいい電話もかかってきたが、私は「結構です」の一言で、静かに電話を切った。

 腐りきった組織に戻る気も、偽りの名声に浸る気も、もはやなかった。


 すべての役目を終えた私は、東京に戻る新幹線のホームに立っていた。

 ホームの売店で買ったスポーツ新聞を広げると、帝国の崩壊を決定づける、最後の一撃が、新聞の一面に見出しとして踊った。


 『大阪IR計画、海外投資家が白紙撤回を発表』


 吉本が、私をスケープゴートにしてまで手に入れようとした、最後の夢。その蜃気楼のような計画が、跡形もなく消え去った瞬間だった。

 これで、すべてが終わったのだ。私は、そう思った。


 そして、その片隅に、本当に小さな記事が載っていた。


 『大阪万ミャク、本日ひっそりと閉幕』。


 あの喧騒が嘘のように、祝祭の終わりは、誰にも注目されることなく、静かに訪れていた。

 あの場所には、これから、巨額の負債と、無用の長物と化したパビリオンの残骸だけが、取り残されることになる。


「終わったな」

 誰に言うでもなく、私は、そう呟いた。

 背後から、軽快な声がした。


「いや、始まったんだろ? 新しいショーがさ」

 振り返ると、そこには、電堂がニヤニヤしながら立っていた。その隣には、黒沢と氷室もいる。


「お前たち、なぜここに?」

「主役を、一人で寂しく帰すわけにはいかないだろ?」

 黒沢が、ぶっきらぼうに、しかし、その目には確かな友情を宿して言った。


「あなたの戦いは、見事だったわ。プロフェッショナルとして、尊敬する」

 氷室が、いつもより、少しだけ柔らかい表情で微笑んだ。

 

 そして、もう一人。

 彼らの後ろから、おずおずと一人の青年が姿を現した。

 渡辺だった。


「あ、あの、鼠園さん!」

 彼は、私の前に立つと、深々と、深く、頭を下げた。

「ありがとうございました! あなたのおかげで、僕は、自分の仕事に、誇りを持つことができました!」


 私は、そんな彼の肩を、そっと抱いた。

「礼を言うのは、私の方だ。渡辺君。君という、たった一人の、勇気ある仲間がいなければ、このショーは成功しなかった」


 発車のベルが鳴り響く。

 私たちは、東京行きの「のぞみ」に乗り込んだ。

 車窓から、遠ざかっていく大阪の街並みを眺めながら、私は、この数ヶ月間の激しい戦いを思い出していた。


 失ったものも、大きかった。

 だが、得たものも、確かにあった。


 金や権力の前では、夢や理想など無力だと思っていた。

 だが、違った。


 たった一つの、しかし純粋な正義感が、仲間を集め、巨悪を打ち破ったのだ。

 欲望の塔は、崩れ去った。


 だが、その瓦礫の中から、新しい何かが始まろうとしている。

 私の心には、不思議なほどの静けさと、そして、未来への確かな予感が、満ちていた。

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