第11章:決戦の舞台
渡辺が決死の覚悟で手に入れた「裏帳簿」は、夢のチームの手によって、恐るべき速度で分析・解析されていった。
それは、吉本ごうぞうが長年にわたって築き上げてきた、汚職と利権の巨大な地下帝国そのものだった。
「ビンゴだ」
ビデオ会議の画面の向こうで、ハッカーの黒沢が呟いた。彼のモニターには、複雑に絡み合った金の流れを示す相関図が映し出されている。
「金の流れは、俺が予測した通りだ。万ミャクの予算が、ペーパーカンパニーを何層も経由して、最終的に吉本の政治資金団体『明日の大阪を創る会』に流れ着いている。完璧なマネーロンダリングだ」
「金の『入口』も特定したわ」
氷の女・氷室が、冷静な声で続ける。
「賄賂を渡していたのは、吉本派の建設会社やIT企業、合計12社。特に、なにわジオテックとデジタル浪速からの送金額が突出している。公表されている決算報告書と裏帳簿を照合した結果、使途不明金として処理された額と、吉本への送金額が、1円単位で一致した。これは、動かぬ証拠よ」
すべてのピースは、揃った。
鼠園たちの手には今、吉本ごうぞうという巨悪を一撃で社会的に抹殺できるだけの、強力な核弾頭が握られている。
問題は、いつ、どこで、どのように、その起爆スイッチを押すか、だ。
「ただ週刊誌にリークするだけじゃ、つまらない」
トリックスターの電堂が、ショーの演出を考える脚本家のように、目を輝かせた。
「奴は、巧みに情報を操作して、『一部の行き過ぎた献金』程度で逃げ切るだろう。やるなら、奴が絶対に逃げられない、最高の舞台で、華々しく散ってもらわなきゃな」
電堂は、数日にわたってあらゆるメディアと永田町の人脈を駆使し、完璧な「舞台」を探し出した。そして、ついに最高の舞台を見つけ出した時、彼は興奮のあまり、真夜中に鼠園へ電話をかけてきた。
「鼠園さん、見つけたぜ! 吉本が自ら用意した、最高の公開処刑場がな!」
それから、二週間後。
大阪万ミャクは、初日の大混乱以降も、低評価と閑古鳥に悩まされながら、なんとか閉幕の日を迎えようとしていた。赤字額は天文学的な数字に膨れ上がっていたが、協会と吉本は、見せかけの来場者数を盾に「一定の成功を収めた」と強弁を続けていた。
そして、その「成功」を祝うという名目で、一大イベントが企画された。
その名も、「大阪万ミャク 感謝と未来の夕べ」。
会場は、大阪市内の最高級ホテル「インペリアルパレス大阪」の、最も大きな宴会場「鳳凰の間」。
招待客は、政財界の大物、各国の大使、そして万ミャクのスポンサー企業のトップたち、総勢500名以上。もちろん、大手メディア各社も、こぞって取材に訪れる。
「このパーティーの目的は、二つだ」
電堂が、入手した内部資料を元に解説する。
「一つは、万ミャクの失敗を『成功』だったと既成事実化し、世間にアピールすること。そして、もう一つが、メインイベント。パーティーのクライマックスで、吉本が、跡地へのIR(統合型リゾート)誘致を、高らかに宣言する手はずになっている」
それは、吉本ごうぞうにとって、自らの権力と功績を世に知らしめる、人生最高の晴れ舞台になるはずだった。
失敗の責任はすべて鼠園というスケープゴートに押し付け、自らは混乱を収拾し、大阪の未来を創る英雄となる。彼が描いたシナリオの, 完璧な最終章だった。
「面白い」
鼠園の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「最高の舞台じゃないか。主役が、自らの墓場を用意してくれているとはな」
決戦の舞台は、整った。
鼠園たちは、最後の準備に取り掛かった。
黒沢は、ホテルのセキュリティシステムをハッキングし、宴会場の巨大スクリーンを、いつでも、どこからでも、遠隔操作できるように掌握した。
氷室は、裏帳簿のデータを、誰が見ても一瞬で不正が理解できるように、グラフや図を多用した、完璧なプレゼンテーション資料へと作り変えた。
そして電堂は、パーティーに潜入するための偽の招待状と、鼠園が最高のタイミングで登場するための、完璧な動線を確保した。
鼠園は、クローゼットの奥から、一着のスーツを取り出した。
それは、彼がディズ・リゾートのプロデューサーとして、数々の賞賛を浴びた時に着ていた、彼の戦闘服とも言える、イタリア製のダークスーツだった。
彼は、鏡の前に立ち、ゆっくりとネクタイを締める。
鏡に映る自分の顔は、この数ヶ月で、驚くほど痩せこけ、険しくなっていた。
だが、その目の奥には、かつてないほど強く、そして静かな光が宿っていた。
それは、復讐の炎ではない。
夢を汚された者としての、誇りを取り戻すための、正義の炎だった。
――吉本ごうぞう。
――お前が用意した、偽りの祝祭。
――その華やかな舞台で、お前に、本当の地獄を見せてやる。
決戦の夜。
鼠園は、偽の招待状を手に、一人、タクシーに乗り込んだ。
向かう先は、大阪。
彼が夢を託し、そして奈落の底に突き落とされた、因縁の地。
すべてに、ケリをつけるために。




