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第43話 逆転劇

 審議会場に静寂が落ちていた。

 ミリィの手による銘は、誰の目にも本物に映った。

 線の流れ、そして刻まれた力強さ。

 俺が無理やり押しつけた印など、比べるまでもない。


「……これで、わかっただろ」


 俺はゆっくりと口を開いた。


「ミリィは無罪だ」


 議長がしばし黙し、それから頷いた。


「確かに。これほどの差がある以上、彼女が付けた銘だとは思えない。ミリィ・ドルハードの無罪を認める」


 会場にどよめきが走る。

 ミリィは信じられないといった顔で両手を口に当て、瞳を潤ませた。


「よかった……!」


 安堵と喜びとが入り混じり、震えながらも小さく呟く。

 だが、そこで立ち上がった影があった。


「――ありえん!」


 怒声を響かせたのはルガルガ工房の代表だ。

 顔を真っ赤にし、壇上を指差していた。

 

「確かにその娘の銘では無いかもしれんが、まだ先代の可能性があるだろう! あの呪具はどう説明する!? 銘が刻まれていたのは事実だ!」


 俺は冷ややかに目を向ける。


「とぼけるなよ。あの呪具はお前の工房が作ったんだろう」

「わ、私の工房が作っただと……! はっ、証拠でもあるのか!?」

 

 代表は強がって笑うが、その額には汗が浮かんでいた。

 俺は袋を取り出し、中から一本の斧を掲げる。


「議長。これを見てくれ」

「ふむ、これは……?」


 議長は怪訝な顔をしながら受け取った。


「実は昨夜、ルガルガ工房に忍び込んでな。さっきの銘はそこから盗ってきたものだ。そして、その斧も」

「なんと……。今回の件の呪具に似ている形状だが……はて、怪しい力は感じない」


 ひと目にはただの斧。

 ルガルガ代表は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 

「そ、そんなただの斧を見せてどうする? 何の証拠にもならないぞ!」


 俺は傍聴席にいるティアへ目をやった。

 解呪の魔法を解く合図だ。

 彼女は静かに頷き、掌をかざす。

 次の瞬間、斧から黒い瘴気が立ち昇った。


「ぐっ……!」


 議長の体がびくりと震え、目が血走る。


「議長!」


 会場が騒然となり、悲鳴が飛び交う。


「ガ、ギ、グアァ……!」


 声にならない叫びをあげながら、議長は斧を振りかぶる。

 それが攻撃になる前に、俺は彼の太い腕を掴んで取り押さえた。


「ティア! もう一度解呪だ! 今度は完全でいい!」

「承知いたしました……解呪(ディスカス)


 俺の叫びに応じ、ティアの掌から白光が溢れる。

 光は空中を浮遊し、議長の握った斧までたどり着く。

 すると瘴気は音を立てて散り、呪いの斧はただの道具へと戻った。

 議長は肩で荒い息をつき、額の汗を拭う。


「……こ、これは……呪具……!」


 俺は低く告げる。


「今すぐルガルガ工房の地下室に行けば、それと同じ危険な呪具が山ほど並んでるぞ」

「なっ……」


 代表の顔から血の気が引いていく。

 その瞬間、俺の目は彼の仕草を捉えた。

 部下に、小声で命令を飛ばしている。

 こくりと頷いた部下が観衆の間を抜け、出口へ駆け出す。


「逃がすか……よっ!」


 俺は大きく踏み込み、雷を纏った脚に魔力を込める。

 

「――雷刻破(クロノ・ブレイク)


 稲光を裂いて会場の中央を跳躍し、観衆を飛び越えて走る影に追いつく。

 床を砕く勢いで着地し、そのまま部下の首根っこを掴み上げた。


「ひ、ヒイィ……! 放してくれぇ!」

「そう焦るなよ。一緒に行こうぜ」


 会場が息を呑み、視線が俺と捕らえられた部下に集まる。

 代表は蒼白になり、声にならない呻きを漏らしていた。

 議長が低く言い放つ。


「……どうやら我々は、真実を見失っていたらしいな。……ミリィ君」

「は、はいっ」

 

 壇上のミリィが背筋を伸ばす。


「すまなかった。危うく、何の罪もない君をさばいてしまうところだった」

「……いえ、疑いが晴れてよかったです。アタシも、祖父も、名に恥じない仕事しかしませんから」

「そうか……。本当に、危なかった。鍛冶界の至宝を失うところだったよ」

「……!」


 ミリィの頬を涙が伝った。

 会場を包むのは、罵声ではなく拍手と歓声だった。

 ルガルガ工房は完全に失墜し、ミリィの工房は救われた。

 

 推しの涙はもう流させない……そう誓ったけど、ま、嬉し涙ならいいかな。

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