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第42話 技術

 審議会、当日。

 会場の前に立ったミリィは、緊張で足が止まっていた。

 赤銅の髪が小さく震えている。

 それも当然だ。

 今日の結果次第では、彼女は二度と小人族(ドワーフ)の世界で鍛冶ができなくなってしまうのだから。

 そして現に原作世界では、彼女は冤罪を晴らすことができなかった。


「――大丈夫だって!」


 ミリィの隣に来たリンが、勢いよく背中を叩いた。


「ボクらがついてる。胸張りなよ!」

「そうです。ミリィさんは何も悪くないんですから、堂々としていましょう」


 エミリアは優しく微笑み、ミリィの手を取る。

 ティアも静かに頷いた。


「真実は、必ず露わになります。恐れることはありません」


 ミリィは深く息を吸い込み、こくりと頷いた。


「皆さん……はいっ。アタシ、頑張りますっ!」


 その姿に、俺は小さく拳を握る。

 絶対に、俺が守ってやるからな。


「――開廷! 被告人は前へ!」


 扉が開き、ミリィは一人で壇上へ。

 俺たちは傍聴席へと向かった。




------




 会場は市民で埋め尽くされていた。

 議長席に座るギルド監査官が、静かに木槌を鳴らす。


「これより審議を開始する。……まず、事件で用いられた斧を提示せよ」


 自警団が運んできた斧を掲げると、ざわつきが広がった。

 柄には、赤銅の“ドルハード工房の銘”。


「我々、審議会の確認の結果……銘はドルハード工房のものと一致することがわかった」


 議長の声に、場内がどよめく。


「やはり……」

「あの子が呪具を……」

「可愛らしい顔して、怖ぇなあ」


 俺は心の中で鼻を鳴らす。

 はい出ました、ガバガバ理論。

 『銘が入っている=その工房の品=犯人』。

 ゲームのイベントだからしょうがないが……呆れてしまうな。

 現実なら話にならん。


「本来なら、呪具の製造という禁忌を犯した者は、鍛冶資格の永久剥奪とドワーフ商工会からの永久追放が掟である。しかし……」


 議長は目をつむり、続ける。


「ドルハード工房は代替わりの時期であり、本件の責任の所在が前工房主のギラン・ドルハードにあるのか、現工房主のミリィ・ドルハードにあるのかは不明瞭。よって、ミリィ・ドルハードは三ヵ月の――」


 その瞬間、立ち上がったのはドルハード工房とライバル関係にある、ルガルガ工房の代表だった。


「――未熟者が炉を継ぐからこうなるのだ! ここで温情を見せて、また三か月後……今度はさらに凶悪な呪具を作らんとも限らんだろう! 町のためにも、工房は閉じるべきだ!」


 眉間に深いしわを作った男は、威勢よく言い放った。

 観衆は最初こそざわめいていたが、やがて頷き、同調する者が多く出始める。


「ち、違います……!」


 壇上のミリィが必死に声を張る。


「私じゃありません……そんなもの、作ってない! それに、それに……祖父だって、絶対にそんなことはしません!」


 だがその声は会場のざわめきにかき消された。

 彼女の肩が小さく震える。


「……むう。一理あるな。それでは……やはりミリィ・ドルハードには、規定通りの厳罰を――」

「――やれやれ。ガッバガバな調査に、イチ観衆の意見を採用するブレブレっぷり。審議会が聞いて呆れるよ」


 議長の言葉を遮り、俺は席から立ち上がった。

 そのまま力強く床を蹴って大きくジャンプ。

 会場の中央に、着地する。


「な、何者だ!」

「ただの通りすがりだ」

「通りすがりだと……!?」


 俺は腰に差した剣を取り外し、床に投げ落とす。

 からん、と金属音。

 そして手に持つ袋から昨晩盗んだ焼鏝を取り出し、握る手に魔力を込めた。


「――魔雷滅斬ヴォルティクス・バイン……!」


 バチン、と鏝に電流が流れ込む。

 本来であれば、それは剣に魔力を纏わせ、雷の斬撃を生み出す破壊の魔法。

 けれど今回は、出力を弱めて《《鏝を熱する》》程度に抑える。


「ヴァルドさん、何を――!?」

「見せてやるんだ。銘なんて、こんな通りすがりでも入れられるってことをな」

「銘を……!?」


 床に転がった剣の柄に、ゆっくりと鏝を押し当てる。

 

 ――ジュゥウウウウウ……


 強く、力強く、押す。

 そして焼ける音がしなくなってから、鏝を外した。

 俺は剣の刃の部分を摘まんで持ち上げ、柄を上にして掲げる。


「見ろ! これは一体、誰の打った剣だ!」


 観衆からどよめき。

 柄についていたのは、『ルガルガ工房』の銘だった。


「あ、あれは……ルガルガ工房の……」

「なぜあんな奴が焼鏝を……!?」


 議長は目の前の光景に言葉を失い、ルガルガ工房の代表は顔色を変えた。


「き、貴様……既に報告を受けているぞ……昨夜、見張りを襲撃し私の工房に忍び込んだのは貴様だな……? その時に焼鏝を盗んだのだろうが……残念だったな! 形は同じでも、素人と我々職人では技術が違う!」


 俺は口の端を吊り上げた。


「ほう……? 技術が違えば、同じ鏝を使っても出来栄えが変わると?」

「ああ。うちの本物の職人が入れた銘と比べれば、一目瞭然だろう!」

「――つまり、ミリィの入れた銘と、その呪具の銘を比べればいいってことだな?」

「なっ……!」


 会場が一斉に息を呑む。

 壇上のミリィは固まったように俯いていた。

 小さな肩が震えている。

 俺は静かに言葉を投げた。


「ミリィ」

「は、はい」

「お前の銘を打て。恐れるな。俺が見ている」

「アタシの銘を……こ、こんな大勢の前で……?」


 ぐるりと辺りを見回すミリィ。

 その瞳は、恐怖で揺れていた。


「――やってやれー!」


 会場中に響く元気な声。

 もちろん声の主は、我がチームの元気隊長リンだ。


「ミリィ、絶対大丈夫だよ!」

「あの素晴らしい技術を、皆さんに見せつけてあげましょう!」

「お祖父さんから受け継いだその技で、工房を守るのです!」


 リンに続くエミリア、ティア。

 ミリィはしばし唇を噛み、やがて震える手で焼鏝を取った。


「ヴァルドさん……! 力を、貸してください!」

「ああ、任せろ。魔雷滅斬ヴォルティクス・バイン


 バチバチと焼鏝の先端に火花が散る。


「……っ」


 ミリィは深呼吸をひとつ。

 そしてまっすぐに、焼鏝を剣の柄に押し当てた。

 じゅ、と音が響く。

 浮かび上がった銘は、滑らかに、力強く、美しい。


「……できました。議長、これを」

「ふ、ふむ……っ!?」


 ミリィから剣を受け取った議長は、目を大きく見開いた。


「綺麗だ……」


 議長の呟きが、会場に広がっていく。


「まるで違う……。これ程美しい刻印を、ワシはかつて……見たことがない」

「そ、そんな……」


 ルガルガ工房、代表の顔から血の気が引く。

 俺は一歩前に出て、声を張った。


「もうわかっただろ。あの呪具に刻まれていた銘は偽物だ。つまり、ミリィは無実だ」


 ミリィの瞳に、涙が浮かんでいた。

 だがその表情は、怯えではない。

 誇りを取り戻した笑みだった。

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