第41話 潜入、ルガルガ工房
夜更けの工房は静まり返っていた。
日中の騒ぎで心身を削られたのだろう、ミリィは泣き疲れた子どものように眠っている。
その傍らで、エミリアとリンが交代で看病していた。
「ミリィさん、大丈夫でしょうか」
「心配だな……いくら職人とはいえ、まだ子供だもん。しかも、ようやくお祖父さんから受け継いだ炉に火を入れることができて、これから再開だーって時に……」
「そうですね。どうにかしてあげたいですが……」
そこで会話を止め、二人はこちらへ視線を向けてくる。
「ああ、任せろ。皆、既にわかってると思うが、この町で俺が救いたい存在は――ミリィだ」
頷きながら俺は答えた。
原作、ディアブロ・サーガにおいて、勇者はこのドランメルに訪れる。
目的は『伝説の剣の復活』。
ゲーム序盤で取得できるアイテムに『伝説の剣(?)』というものがある。
伝説の勇者が遺したとされる由緒正しき剣なのだが、長い年月を経て錆び塗れ。
一応装備はできるが、ひのきのぼうと同程度の攻撃力のザコ武器だ。
それを小人族の鍛冶師に研ぎなおしてもらうために、亜大陸に入って真っ先にドランメルへ行く、と言う流れだ。
しかし、そうトントン拍子に最強装備が手に入るわけもなく。
腕の良い鍛冶師が揃うこの町でも、特殊な造りをしている伝説の剣を補修できる者はいない。
唯一可能性があるのが、ドランメル一の職人だった『ギラン・ドルハード』を祖父に持つ『ミリィ・ドルハード』なのだ。
けれど勇者が町を訪れたころには、この冤罪事件でミリィは鍛冶資格をはく奪されてしまっている……。
という、ただただ最強装備の入手を遅らせるためだけの、物語の都合のためだけの不幸を、ミリィは味わわされるのだ。
本当に許せない。
開発元に、長文の抗議文を何度送りつけたことか。
「この事件が起こるのも把握済み。救う算段も立ててある」
部屋の入り口へ向き直ると、ティアは椅子に腰かけ、祈るように目を閉じていた。
「ティア」
呼びかけると、彼女は目を開き、すぐに立ち上がった。
「……はい、何でしょうか」
「ミリィを救うのに、君の力がいる。着いてきてくれるか?」
「一宿一飯の恩義を、返す時が来たようですね」
ティアは紫紺の瞳を細め、笑顔で頷いた。
「ヴァルド!」
呼ばれ、振り返る。
リンが握りこぶしを作って、椅子から腰を上げていた。
「ボクも、何か手伝うよ! ミリィのことを救ってあげたいんだ!」
「リン……」
俺は少し考える。
が、しかし。
「すまない。今回は最小人数で行かせてくれ」
「っ……わかったよ」
悔しそうな表情をし、再び椅子に腰かけるリン。
うう、心苦しい。
苦しいけど、失敗するわけにはいかないんだ。
ごめんよ。
「待ちましょう、リンさん。リンさんの笑顔は人を元気づけます。今のミリィさんにとって、最も傍に居てほしい存在なはずですよ」
「う……そ、そう? へへ、なんか照れるな。じゃあそうするっ」
はあはあ、エミリアたんナイスフォロー。
本当に可愛いし美人だし性格いいし大人だし正妻すぎる。
帰ったら、いいこいいこしよ。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい。精一杯、尽力させていただきますね」
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ドランメルの夜は昼よりも暗く重い。
煙突から上がる煙もなく、通りはひっそりと息をひそめていた。
俺たちは石畳を駆け抜け、とある工房の裏口へと回る。
「……大きな建物ですね」
ミリィの工房も大きな部類ではあったが、ここは比べ物にならない。
どちらかというと、工房じゃなく『工場』ってサイズ感だ。
「ここはルガルガ工房。このドランメルにおいて、ドルハード工房と双璧を成す人気と実績のある工房だよ」
ミリィのドルハード工房が『技術』や『人情』を売りにするのに対し、ルガルガ工房は『低価格』と『大量生産』が特徴。
相反する二者は、それぞれの強みを活かして長年ライバル関係にあった。
……というのが、このゲームを細部までやり込んで、町中のNPCから話を聞いたり、本棚の一つまで見落としなく調べつくした俺の知識である。
「この建物の奥に、隠し部屋がある」
「隠し部屋……ですか」
「ああ。当然見張りもいるから、今回は『潜入ミッション』ってとこだな」
「せんにゅうみっしょん……。あは、胸が躍ります」
きみ、意外とそういうの好きだよね。
その悪戯っ子っぽい表情たまりません。
ゲーム世界に実際入ることができて本当に幸せなんだけど、唯一悔やまれることは『スクショ機能』がない事だなあ。
「……っと、ここでストップ」
手でティアを制止し、「しー」と声を抑えるよう促す。
扉の前には見張りが二人。
「――雷刻破」
パリ、と。
両脚に迸るスパーク。
潜入ミッション、開始だ。
「……っし!」
高速で見張りの隣に接近。
剣を抜く暇も与えず、俺はその首根っこを掴んで捻った。
呻き声と共に、意識を失う見張り。
「な――」
もう片方の見張りがこちらに気づくが、叫ぶより早く、開いた口に拳をねじ込んだ。
がこ、と顎の関節が外れる音がする。
そのまま首に手刀を一撃。
糸の切れた操り人形のように、見張りはだらりと倒れ込んだ。
「……お見事、です」
ティアがその様子を見て、小さく拍手を送った。
扉を開け、奥へ。
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最奥の地下室に入った瞬間、息が詰まった。
並んでいる。
剣、斧、槌。
どれも黒い瘴気をまとった《《呪具》》だ。
そして近づいて見てみると、その柄には『ドルハード工房の銘』が彫られていた。
「これは……」
ティアが口に手を当てる。
「お察しの通りだよ。このルガルガ工房が冤罪事件の黒幕なんだ」
「これが……呪いの源」
「どれでもいいから、どれか一つ。《《一時的に》》呪いを無効化したいんだ」
「一時的に、ですか?」
「ああ。ティアが魔法をかけている間は呪いの影響を抑え、解除した瞬間に元の呪われた状態に戻したい。できるか?」
「試したことはありませんが……出力を抑えればできるかもしれません」
ティアが手をかざすと、白い光が彼女の掌に宿る。
光が一つの斧に降り注ぎ、黒い瘴気がじゅっと音を立てて消えた。
昼間の解呪と異なるのは、光が霧散せず斧の周りに留まっていること。
「……これでいいでしょう。ただし、私の魔力が尽きるまでです。頑張って……明日いっぱい、でしょうか」
「ありがとう、充分すぎるくらいだよ」
俺はその斧を拾い上げる。
瘴気が消えても、禍々しい残滓が指先を刺す。
「それと……あったあった」
さらに、机の上に置かれた焼鏝を掴み取った。
それは『ドルハード工房の銘』ではなく、この『ルガルガ工房の銘』が刻まれた焼鏝。
「よし、騒ぎにならないうちに帰ろう」
「一時的に解呪した呪具と、こちらの工房の焼鏝。それがあれば、ミリィさんを救済することが?」
「うん、きっとね」
俺はティアにぱちりとウィンクをした。
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工房へ戻ると、ミリィはまだ安らかな寝息を立てていた。
ベッドの傍らで、エミリアとリンも眠りこけている。
彼女たちを起こさないよう、俺は小声で「ただいまー」と呟く。
俺は明日の審議会を思い浮かべながら、手にした呪具を見下ろした。
明日、全部覆す。
推しの銘を、誰よりも輝かせてやる。




