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第38話 継承の灯

 石壁の門をくぐった途端、熱気と鉄の匂いが押し寄せた。

 カンカン、と響く槌音。

 通路や広場のあちこちで、炉の火が放つ赤い揺らめき。 

 ここがドランメル、小人族(ドワーフ)の生活する街だ。


「本当に、鉄の町という感じがしますね」


 エミリアが裾を押さえながら、煤に染まった石畳を見回す。


「わーっ! 武器の匂いがするぞっ!」


 リンは興奮して両手を腰に当て、深呼吸をしている。


「大地と炎の息吹、温かな力が地脈から湧き出てきています」


 ティアは目を閉じ、視覚以外の全てで街の雰囲気を感じ取る。

 俺はといえば、もちろんそんな景色よりも、前をちょこちょこと歩く赤銅色の髪しか目に入らない。

 亜大陸一人目の推し・ミリィは、とある建物の前で足を止め、こちらを振り返った。


「こちらが我が家ですっ」


 少し緊張した様子で振り返るミリィ。

 古びた石造りの建物が一軒、表に鉄製の看板を掲げていた。


「どうぞ、ちらかっておりますが」


 ぎっ、と音を立てながら扉を押し開く。


「わあ……すごいですね」

「え! これ、鍛冶屋さんだよね!?」


 興味津々のエミリアとリン。

 ティアは言葉こそ発さないが、せわしなく紫紺の瞳を動かしている。

 ミリィの家は、外観こそ年季を感じさせるが、中はきちんと整えられた作業台と工具棚。

 それと、どこか寂しさも漂っているように思える。


「立派な工房だな」


 俺が言うと、ミリィは苦笑した。


「祖父が、町でも名の知れた職人だったんです。……アタシは、まだまだですけど」


 彼女は少しずつ話してくれた。

 幼い頃に事故で両親を亡くした彼女を、お祖父さんが親代わりになって育ててくれたこと。

 お祖父さんは、厳しくも尊敬できる師だったこと。

 物心つく前から鍛冶を叩き込まれ、槌を振るう職人に憧れていたこと。

 だがそんなお祖父さんが亡くなってから、工房で働いていた他の職人たちも離れ、やがて残されたのはミリィひとり。

 買い付けも接客も全部自分でこなしていること。

 そして。


「祖父がいなくなってから、一度も炉に火を入れられていないんです」


 その言葉に、彼女は俯いた。

 不安、責任、そして自分への失望。

 複雑な感情が、赤銅の瞳に揺れていた。

 気持ちはわかる。

 技術や知識が足りないんじゃない。

 工房を受け継ぐということは、偉大な先代の名や評判全てを背負うということ。

 それを受け止めるまでの心の準備が、まだできていないのだ。

 俺はたまらず口を開く。


「そうか……じゃあ、試しに軽く火を入れてみたらどうだ」

「えっ……!?」


 ミリィは慌てて首を振った。


「そ、そんな……もし失敗したら……!」

「いいじゃん!」


 真っ先に飛びついたのはリンだった。


「ボクも手伝う! 指示してよ! 足の早さには自信あるんだ!」

「大したことはできないですけど、物を運ぶとかなら私にも。皆でやれば、きっと大丈夫ですよ」


 エミリアが優しく肩を抱く。


「始まりの炎は、きっとあなたを支えるものになります」


 ティアも静かに頷いた。


「そ、そうですが……でも……」


 なおも逡巡している様子のミリィ。

 俺は彼女の目をまっすぐに見て、短く言った。


「大丈夫だ。皆がついてる」

「ヴァルドさん……」


 その一言に、彼女の肩が小さく震えた。

 やがてミリィは拳を握り、ゆっくりと炉の前に立った。


「皆さん、ありがとうございます。……ですが、実は、炉に火を起こす作業は、お手伝いが必要なほど大変じゃないんです。ただ、アタシの勇気が出なかったってだけで」


 そう言いながら彼女は、手際よく薪を組んでいく。

 そして完全に組みあげると、くるりとこちらへ向き直った。


「ありがとうございます。皆さんのおかげで、やれそうな気がしてきました」


 ミリィ……!

 なんって尊いんだ。

 彼女は再び炉に正対すると、火打石を打ち、素早く息を吹き込む。

 ゴッ、と低い音とともに炎が広がった。


「おおっ!」

「火が……つきましたね……!」


 赤銅色の炉火が、眠っていた石炉を鮮やかに染め上げる。


「……つ……いた」


 ミリィの瞳に、驚きと喜びと責任感がいっぺんに溢れる。

 小さな両手が震えていた。

 俺はそっと近づき、ポンと頭に手を置く。


「よかったな、ミリィ」


 そう言った時、彼女の頬に一筋の涙が伝っていた。




------




 作業を終えると、工房に静けさが戻る。

 けれども、そこには先ほどまでなかった温かさが満ちていた。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、工房を再開することができそうですっ」


 ミリィは腰を深く曲げてお辞儀した。

 

「いやいや、ボクたちホント何もしてないよ!?」

「そうですよ。お手伝いするつもりはあったんですが、ミリィさんにサポートなんか不要でしたね」

「……とても美しい火でした。こちらこそ、ありがとうございます」


 三人のヒロインたちが口々に言う。

 いやあ、このやり取り、本当に癒されるよな。

 推し×推し×推し×推し だもん。

 皆いい子すぎるし、俺は部屋の壁になってずっと彼女たちの会話を聴いてたいな。

 そんなことを考えていると、ミリィが上目遣いでおずおずと口を開く。


「……あの。もしよければ、なんですが」

「うん?」


 俺はその表情にハートを打ち抜かれつつ、首を傾げて続きを促す。

 ミリィはきゅっと目をつむって、意を決したように言葉を発した。


「今日、ウチに泊って行ってくださいっ!」


 え、お泊まり!?

 良いんですか!?!?


「あのあの、ヴァルドさんたち旅のお方で、ドランメルにご用があるとお聞きして、ということは少し滞在されるのかなって、だったら宿に泊まるとお金もかかっちゃいますし、アタシも何か恩返しがしたくて、えっと、だから、もしご迷惑じゃ無ければですけど」


 ミリィは耳まで真っ赤に染めて、照れを隠すように早口でまくし立てる。


「やったー!」


 その提案に真っ先に応えたのは、やはり我がチームの特攻隊長リン。

 次いでエミリアは笑みを浮かべ、ティアは優しい表情を静かに作った。


「お言葉に甘えさせてもらうよ。俺たち、鍛冶のことにはあまり詳しくないんだ。色々と話を聞かせてもらえると助かる」

「っ……! ぜひっ!」


 工房に明るい笑い声が響いた。

 炉の火はとっくに消えていたが、それでもなぜだか、温かい空気が石造りの室内に満ちていた。

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