第37話 子ども職人ミリィ
不安げに様子をうかがう商人の女。
そんな彼女の目をまっすぐ見つめ、ミリィは短くうなずいた。
「責任は、取ります」
ズギュウン。
かっこいいー!
「任せてくださいっ!」
威勢よく言い、輪鉄を火床で温め始めたミリィ。
赤い輪がゆっくりと膨らむ。
軽い金具を外し、木輪に被せ直す。
彼女は手拭いで手を包み、膝と腰で押さえ、抑え、誘導し、ぴたりと嵌めた。
熱で柔らかくなった鉄が木に沿って丸みを帯び、冷めるにつれて締まっていく。
次に、さきほど叩き出したピンを通し、内側から軽く叩いてカシメる。
「ほわあ……すっごいね……!」
「ええ……とても器用なんですね」
「磨き上げられた技能は、ときに芸術に昇華する……ということでしょうか」
リン、エミリア、ティア。
三者三様に、ミリィの手技に感嘆の声を漏らした。
「綺麗な形だな。急な作業でこんなことができるのか」
一時しのぎの応急処置としては、十分すぎるほどだろう。
すごい、本当にすごい。
ジブン、惚れ直していいですか。
「うんっ、仕上げです!」
ミリィは満足そうにうなずくと、腰のポーチから棒状の金属を取り出す。
先端に印が彫られているそれは、焼鏝だ。
火床で先を赤め、車軸の内側、目立たない位置にそっと当てる。
ジ、と小さな音。
金属の匂いの中で、ごく弱い焦げの香りが混ざる。
「これは、銘と言います。アタシが作業を行いました、という証拠であり、責任の証です」
小人族の彼女は、サイズは子供でも、技量は職人そのものだ。
どうしよう、今すぐ抱きかかえて褒めちぎりたい。
毛布とココアとケーキを用意して膝の上で擦り切れるまで頭を撫でたい。
「ふうっ……おしまい、です」
ミリィはふいごを止めた。
火が少し落ちる。
商人の女が試走を指示し、男が馬車を引いた。
車輪は軋み一つなく真っすぐ走り、荷も安定している。
「……やるじゃないか、ちび助」
若い商人が、顔を綻ばせた。
女も腕を解く。
「助かった! 相応の支払いはするよ。いや、それ以上でもいい。納期遅れの罰則に比べれば、大した支出じゃないからね」
ミリィは慌てて両手を振った。
「い、いえっ。困った時はお互い様ですし、そんなに大した作業でもないので……」
「なあに言ってんだい。品質に応じた報酬をしっかり受け取るのが、プロってもんだよ」
「うう。でも、そんな……アタシも良い経験になったわけですし……」
眉をハの字にするミリィ。
あああああああああ、困り顔も可愛いねええええええ。
って、いかんいかん。
推しが困っている。
助け舟を出さなければ。
俺はミリィと商人、両者の間に入って咳ばらいを一つ。
「それじゃ、消耗した材料費だけもらうってのは?」
「はっ! それが良いですっ! 材料費だと、あれとこれと――」
ひーふーみー、と。
短い指を折りながら計算するミリィ。
やがて、算出されたごく僅かな金銭のやり取りが終了すると、彼女はにこっと微笑んだ。
「遠乗りするなら、次の村の手前で一度、締まり具合を見てください。道が波打ってる区間があるはずなので」
「ああ、言われたとおりにする。お嬢ちゃん、名前は?」
「ミリィです」
「ミリィ、ね。商人仲間に紹介しておくよ、一流の鍛冶師がいるってね。それで、私はカメルだ。相棒はミルラ。砂の街から来た。困ったら、この先の商隊宿に来な。路銀ぐらいなら工面する」
「わあっ! ありがとうございます!」
馬の鼻息とともに、荷車はゆっくりと動き出した。
輪鉄の新しい金属音が遠ざかっていく。
土の上を転がる影が伸びて、また短くなる。
風が入れ替わり、火床の煙の匂いが薄れた。
「はぁ……よかった……」
ミリィが、肩から力を抜いた。
にか、と笑っている。
笑うと本当に幼いなあ。
さっきまでの無音の集中が嘘みたいに、年相応の表情に戻る。
胸の前で両手をぎゅっと握りしめて、ぴょんと小さく跳ねて向きを変え、そしてこちらを見た。
「はわっ!? あなたがたは……! い、いつから……」
「ええっ!? 最初からいたし!」
「さ、最初から……!?」
リンがビシッとつっこむ。
なんで驚いてんのミリィちゃん。
さっきの交渉、俺、間に入ってたでしょ。
天然が過ぎるって。
「ふふ」
エミリアは微笑んで小さく礼をした。
「素敵な作業を見せていただきました。とても、綺麗な手つきでした」
「え、え、え……ありがとうございますっ」
ミリィは耳まで赤い。
可愛い。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわ、落ち着け。息継ぎ。
俺は一歩だけ前に出て、短く言った。
「見事だった」
「ひゃあ……。そんなに見られてたなんて……恥ずかしいです……」
ミリィは照れを隠すように、工具を手早く片付け、火床に蓋をした。
ふいごの皮を折りたたみ、腰に括りつける。
動きがもう、仕事終わりの人のそれだ。
「えっと、その、あなたたちは通りがかりの方ですよね。旅の……?」
「そう。俺はヴァルド、こっちは……」
三人が後ろに並ぶ気配を感じ、バトンタッチ。
「私はエミリアです」
「ボクはリン! よろしくね!」
「ティア・カサンドラと言います。よろしくお願いしますね」
俺たちの顔を順番に見て、ミリィはパアっと表情を明るくさせる。
「アタシはミリィ・ドルハートです! よろしくですっ!」
深々とお辞儀。
あーーーーーー良い子だねーーーーーー。
たれ落ちそうになる目じりを必死に抑えつつ、俺は口を開いた。
「俺たち、ドランメルに用があるんだ。ミリィは小人族だよな。もしよければ、道案内を頼めないか?」
「ドランメルに!? これは奇遇ですっ。アタシでよければ、ぜひご一緒させてくださいっ!」
こうして、目的だった一人目の推しに旅立って早々出会えた俺たちは、ドランメルへの道を再び進み始めたのだった。




