第35話 亜大陸へ、RTAで
魔道船の甲板に立つと、全身がぞくりと震えた。
黒鉄の船体は巨大で、まるで海上に浮かぶ要塞のようだ。
甲板には複雑な魔術式が刻まれ、俺の魔力に反応して微かに光を帯びている。
「ルヤネフ様のご厚意により、我らが航路をサポートいたします!」
船上で待機していた船員十数名が、一斉に深く頭を下げた。
「まあ、船だけでなくサポートまで……」
「太っ腹だねっ! でもこれで無事に亜大陸までいけそうっ」
エミリアやリンは喜んでいる。
が、俺は首を横に振った。
「いや、必要ない。降りてくれ」
「な、何を仰います!」
先頭の船員が目を丸くする。
「この船は、国家魔術師十人以上の魔力を注いで動かす特別製。お言葉を返すようですが、素人だけでは――」
「ま、見てろ」
俺は船体に手を置き、魔力を流し込んだ。
ごう、と甲板が低く鳴動し、刻まれた魔術式が一斉に青白く輝きだす。
巨大な船体が、まるで生き物のように呼吸を始めた。
「ひ、一人で……!?」
「馬鹿な、十人でもやっとのはずだぞ……!」
唖然とする船員たちをよそに、俺は淡々と告げる。
「わかったろ。この船を動かすには俺一人で充分。さあ、さっさと降りてくれ」
船員たちは顔を見合わせ、低い声で答えた。
「……承知しました。どうか、ご武運を」
彼らが去り、残されたのは俺と三人の天使だけ。
その天使たち――エミリアは胸に手を当て、リンはわくわくした顔で甲板を見回し、ティアは静かに空を仰いでいる。
よし。
これで、完全に俺たちだけの船旅だ。
「出すぞ! 捕まってろ!」
強く魔力を流し込み、出航。
港を離れると、魔道船は滑るように進みだした。
亜大陸へ向けて、風を裂く音が心地よい。
「わぁ……物凄い速さ……!」
「すっごーい! どんどんいっけー!」
「……あは。風がとっても気持ちいいですね」
エミリアが驚きに声をあげ、リンがノリノリに拳を掲げ、ティアが笑って目を細める。
その様子を見ながら、俺はえっへんと胸を張る。
だが穏やかな航路は長く続かなかった。
空を覆う雲が急速に黒く染まり、突風が吹き荒れる。
水平線の向こうに、巨大な渦が唸りを上げていた。
「大渦……!」
エミリアが息を呑む。
「うぎゃー! そうだった! 船を貰えた感動で忘れてたけど、ここ『女神の涙』が無いと通れないんじゃん!?」
リンが絶叫。
「……女神様を信じれば、必ず守ってくださいます」
ティアは冷静に告げるが、額にはうっすら汗が滲んでいた。
そうそう、原作でも『女神の涙』無しで海を渡ろうとすると、この大渦に巻き込まれてゲームオーバーになるんだよな。
……ただ、抜け道もある。
俺は唇を歪めた。
「よし、ここからが裏ルートだ」
魔道船が揺れる。
甲板でバランスを崩し、エミリアが悲鳴を上げて俺の腕にしがみつく。
「ヴァルド様ぁぁ……っ!」
俺はエミリアを支えつつ、よしよしと頭を撫でる。
おーよちよち、可愛いね。
「ボクが守る! 波なんて叩き斬ってやる!」
リンが剣を抜き、荒れ狂う波に向かって振り下ろす。
ざばーん、もちろん無意味だ。
「……」
ティアは目をつむって完全にお祈りモード。
「お前ら、落ち着け!」
俺が怒鳴るが、三者三様に大混乱だ。
大渦が目前に迫る。
海が唸り、船を丸呑みにしようと口を開けている。
普通ならここで詰みだが……今だ!
「掴まれ!」
俺は全魔力を解放し、船体に注ぎ込んだ。
魔道船がぎしぎしと軋み、光を帯びて浮上する。
「ジャンプだああああ!」
魔道船が宙を舞った。
轟音と共に、大渦を飛び越える。
「きゃあああ!」
「死ぬ死ぬ死ぬうう!」
「きっと大丈夫ですきっと大丈夫ですきっと……」
三人の声が入り乱れ、俺は必死に舵を切る。
ごうん、と着水。
甲板に水飛沫が上がり、三人は床に転がった。
「ぐええ……生きてる……?」
リンが剣を放り出して呻く。
「ヴァルド様……心臓が止まるかと思いました……」
エミリアが青ざめた顔で俺を見上げる。
「ハァ、ハァ……か、感謝いたします、女神様」
ティアは平然としているが、膝は震えていた。
俺だけが立ち上がり、びしょ濡れの三人を見下ろす。
そうそう、原作でも船移動の時にジャンプする動きを取ることができる。
それで何か行ける場所が広がったり、障害物を飛び越えられたり、移動速度が速まったりするわけでもない、何でもないただの見た目が楽しくなる動き。
……のはずなのだが、この大渦を超えるタイミングで長押しジャンプをすると、加速度がバグって一気に渦の向こう側まで飛べちゃうんだよな。
原作バグは、どうやらこちらの世界でも十分通用するらしい。
胸を張り、ドヤ顔で宣言した。
「よし、これで後はまーっすぐ進むだけで亜大陸だ。次の推しを救いに行くぞ!」
俺は笑みを浮かべ、遠くに霞む亜大陸を見据えた。
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あとがき
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