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第32話 富豪の問答

 人族大陸の最西端。

 亜大陸との玄関口となる港町サントアーレは、古くから交易の要衝として栄えてきた。

 石畳の通りには市場が並び、干した魚や香辛料、異国の布が所狭しと並べられている。

 鼻を刺す、潮風に混じる魚の匂いとスパイスの香り。

 荷を積み下ろす船板の軋みや、商人たちの威勢のいい掛け声が途切れることなく響いていた。

 そんな昼下がりの港町は、どこもかしこも人で溢れている。

 道行く者の話題は「勇者が町に来た」という噂一色だった。


「聞いたか? 勇者様、もうこの町のどっかに居るんだってよ!」

「へへっ、アタシさっきすれ違っちゃった~! は~、カッコよかったなぁ……」

「えーっ! ずるい!」


 通りすがりの子供たちが和気あいあいとしゃべっている。

 想定していたことではあるが、やはり勇者もこの町を訪れているようだ。

 目的はもちろん……。


「活気があって良い町ですね。美味しいご飯もたくさんありそう……ふふっ」


 俺の隣で、らんらんと翡翠の目を輝かせるのはエミリアだ。

 そうだな、これからいっぱい色んなもの食べような。

 俺としても、ゲームの中で勇者たちが訪れた場所や食べていた料理を味わうことができるのは、かなりアツい。

 ガチの聖地巡礼だ。


「へぇ、いい匂い! 果物も肉も魚も変な物もいっぱい売ってるなぁ!」


 リンはからっとした笑顔で、ぶんぶん両手を振って歩く。

 どこへいっても楽しそうにしてて、本当に可愛い。


「すごい……こんなに賑やかな場所、そして人。……こんなの、初めてです」


 紫紺の瞳を見開き、きょろきょろと辺りを見回すティア。

 そうか、初めてかあ。

 外界から隔離された神の里で生まれ過ごした彼女にとって、これだけの人混みは刺激が強いらしい。

 いつもしっかり者で冷静なティアがおどおどしている様子は、ギャップがあっていいね。


「……って、ヴァルド、ボクたち本当にここで船が手に入るの?」


 ととっと前に数歩出たリンが振り返り、問いかけてくる。

 そう、彼女たちの可愛さで思考が逸れてしまったが、俺たちがここに来た目的は『船を手に入れる』ことだ。

 次の目的地である亜大陸へ渡るための、荒れ狂う海を越えるための船。

 先ほどから町民が噂している『勇者』も、同じ目的でここに居るはず。

 

「ああ、きっと何とかなるよ」


 俺は低く答える。


「ええー? ホントかなあ」

「きっと本当でしょう。彼が無策なわけが無いですもの」


 目を細めて疑いをかけるリンを、ティアがなだめる。

 そうそう、俺にはちゃんとアテがあるんだよ。

 

「――諸君! 本日も問答を行う! 広場に集まれり!!」


 不意に、威勢のいい号令が飛ぶ。

 声のした方向を向くと、そこには群衆がいた。

 俺は三人に、親指で「あっちに行くぞ」と指示をする。

 広場に近づくにつれ、群衆のざわめきがどんどんと増していった。


「何事でしょうか、あの男性は……」

「うわあ、いかにも金持ちって感じ。あんまり良い印象無いんだよな、お金持ちおじさんに」


 まあ、リンの知るお金持ちおじさん=ドルマンだろうからな。

 そりゃ悪いイメージでしかない。


「悪い人じゃないよ、変わった人ではあるけど」


 俺は怪訝な顔をするリンにそう告げ、歩を進める。

 広場中央の壇上には、ひときわ派手な男が立っていた。

 黄金の糸を縫い込んだ衣をまとい、両手には宝石の指輪をこれでもかと嵌めている。

 いかにも成金趣味というやつだ。


「彼がこの町の権力者、大富豪ルヤネフさんだよ」


 俺は口の端をわずかに上げる。

 それにしても、あからさまな名前だよな。

 ルヤネフ→反対から読むとフネヤル→船、やる、だもん。

 作り込みの細かなディアブロ・サーガでは珍しい、適当な名づけである。


「へえ、ルヤネフさん……あ、あちらに勇者様が」


 エミリアの視線の先には、腕組みをして壇上を見上げる金髪の男――勇者だ。

 神の里ぶり……三日ぶりくらいだな。

 そして彼の周囲にいる、その他の群衆とは明らかにオーラの異なる派手な集団が『勇者パーティ』である。

 このゲームでは任意加入キャラも多いが……ふむ、強キャラはだいたい仲間になってるな。

 抜け目ないね、この世界の勇者様は。


「それでは、問答を開始しよう! わしが出す謎を解き明かした者に、この港一番の船――わしが誇る『魔導船』をくれてやろう!」


 その時、ルヤネフの声が広場に響いた。

 群衆はどよめき、歓声が沸き起こる。

 魔道船。

 特殊鉱石で造られた堅牢な船体を持ち、魔力を動力とする規格外の船。

 原作であれば、《《勇者が手に入れる予定》》の船だ。


「船を……丸ごと?」


 エミリアが唖然とする。


「太っ腹ってレベルじゃないよ!」


 リンもあんぐりと口を開けている。

 俺は知っている。

 この富豪、最近は『問答』にハマっており、珍妙な謎かけを思いついては豪奢な報酬をぶら下げて挑戦者を集めるのだ。

 原作では、その問答に勇者(プレイヤー)が正解することにより、無償で船を得ることができる――が、今回は。

 その前に俺が答えて、報酬をいただいてしまおうではないか、というのが俺の《《アテ》》だ。

 その結果、彼らは船を貰えず亜大陸に渡れなくなるんだけど……ま、なんとかなるだろ。

 別にこの船じゃないといけないわけじゃないし、王様とかに手配してもらえよな。

 世界の命運がかかってるんだからさ。


「さあ、諸君! よく聞け! それでは――」


 富豪が胸を張り、高らかに声を張り上げた。

 先ほどまでざわめいていた観衆が静かになる。

 唾液を嚥下する音が聞こえるほど。


「――船を動かし、風を呼び、海をも越えさせる。されど鉄でも帆でもない。そんな、船乗りにとって最も必要な『もの』とは何か! それを最初に持ってきた者に、報酬を与えよう」


 一瞬の沈黙。

 そして広場に大混乱が巻き起こった。


「帆だ! 帆布を探せ!」

「いや舵だ! 操舵室だろうよ!」

「羅針盤に決まってる!」


 群衆はわっと散り散りに走り出す。

 町中を駆け回り、倉庫や店に押し寄せている。


「ふん、なるほどな……こっちだ!」


 俺の視線の先には、このイベントに参加している勇者の姿。

 金髪を揺らし、仲間を連れず一人で飛び出していく。

 そして、慌てて後を追いかける仲間たち。

 観衆から「さすが勇者様!」「もうおわかりになったの!?」と歓声が上がる。

 だが俺は、動かない。


「ヴァルド様、行かなくていいのですか……?」


 不安げに見上げてくるエミリア。


「ちょっ、コレ早い者勝ちだろ!? 急がないと誰かに取られちゃうって!」


 リンも焦って袖を引っ張る。

 ティアだけが、全てを悟ったように静かに俺を見つめていた。

 俺は腕を組んだまま、じっと壇上のルヤネフを見つめる。

 だって、この問いの答えはもう知ってるんだもん。

 原作でも散々迷わされたが、最後に辿り着いた結論はひとつ。


「お前は……行かんのか」


 富豪が怪訝そうに声をかけてきた。

 俺はゆっくりと口を開く。


「行く必要はない。答えは……《《言葉》》だ」


 広場がざわついた。


「言葉……?」

「なんだそれ」

「海を越えるのに必要なものが言葉? 馬鹿か?」


 俺は淡々と続ける。


「船を動かすのは掛け声。仲間を動かすのは号令。海を越えるために必要なのは人を導く言葉。……な、どれも必要な物だろう」


 一瞬の静寂。

 そして、富豪が目を見開き、腹の底から笑い声を響かせた。


「はっはっはっは! その通り! 見事だ、若者! わしが欲したのは形ある物ではない! 人を導く言葉の力こそ、海を渡る重要な鍵! よろしい、その船はお前のものだ!」


 群衆が騒然となる。


「「「ええええええっ!?」」」


 いや、気持ちはわかるよ。

 俺も初プレイ時はなんじゃそりゃって言いたくなったもん。

 しかもこの町のNPCがさ、めっちゃそれっぽいセリフ言ってくんだよな。

 「海を渡るのに必要な物? ああ、そういやあ裏の山に眠る伝説の船乗りの装備が……」とか「海を荒らす魔獣を倒してくれる者はいないものか……」とかさ。

 で、全部実際にクエストになってて実施可能なんだけど、どれもこれもブラフ。

 全てをクリアしてもルヤネフは首を縦に振らない。

 最終的に、彼に3回以上連続で話しかけることでクエストクリアになる、という、まさになんじゃそりゃ案件だよ。

 NPCのセリフ=攻略のカギ、というRPGプレイヤーの固定観念を利用したひっかけ問題だ。


 エミリアはぽかんと口を開け「……さすがヴァルド様」と呟いた。

 リンは頭を掻きながら「ええ!? 問いの内容もわかんないし、答えも答えでわかりづらいよ! なんでわかったんだよ!」と叫ぶ。

 ティアはただ小さく微笑んで「やはり……不思議なお方」と零した。


 よーしよしよし、かなり原作改変しちゃったけど、まあ今さらだよね。

 これで、亜大陸の推したちに会いに行くことができるぞ。

 待ってろ、俺が必ず救って…………と、その前に、ここで最後にやり残したことをやらなきゃな。

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