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第29話 君の命は世界より

 焼け焦げた大地から、まだ熱の残る煙が立ちのぼっていた。

 先ほど叩き込んだ一撃で軍勢の核を抉ったが、まだ半数以上残っている。

 黒い影が波のようにうごめき、鋭い牙と刃が月光を反射していた。


「行くぞ」


 静かに言い、踏み込み一つ。

 骨の奥で覚醒の鼓動が鳴り、全身の血が沸き立つ。

 刹那、三つの影が左右と頭上から襲いかかってくる。

 俺の首を狙う魔族の牙、斧、槍。

 全部まとめて、半歩の回転で躱す。

 返す肘打ちで一体の首骨を砕き、抜刀した剣で二体目の胸板を貫く。

 最後の一体は、踏み込みざまの蹴りで遥か後方へ吹き飛ばした。


 ドヒュン!


 土煙の向こうから矢の雨。

 腰を落とし、足を滑らせて射線を外す。

 思いっきり投てきした剣が弓兵の片目を射抜き、悲鳴とともに体勢が崩れたところへ跳躍。

 剣の柄を掴んで、勢いそのまま頭がいを断ち切る。


「っらあああああああ!」


 脳裏の地図に、敵の位置が赤く灯っていく。

 足元に魔力の集まる気配を察し、即座にバックステップ。

 次の瞬間、そこに浮かび上がる魔法陣。

 そして巨大な氷柱が突き立ち、爆ぜた欠片がこつんと胸を叩く。


「遅ぇ!」


 魔族軍魔導師の、次の詠唱が終わるより先に詰め、柄頭で顎を砕く。

 倒れたところへ剣を突き下ろし、魔力の奔流で内部から焼き尽くした。


「グモォォォオオオオオ!」


 背後。

 低い唸りとともに棍棒が振り下ろされる。

 反転して刃で受け流し、足首を切り裂く。

 崩れた巨躯の首へ、ためらいなく剣を振り下ろした。


 次々と薙ぎ倒し、焼き、叩き潰す。

 肉の焦げる匂いと、金属が軋む音の中を突き進む。


「人の力では……ない……」


 ティアの囁きが風に溶けた。

 俺は返さない。

 返す暇がない。

 ただ前へ。

 ただ殺戮を。

 ただ君に救いを。


 骨の槍が横合いから迫る。

 体をひねり、柄を掴んで引き毟る。

 振り抜いた剣が骨兵の胸を砕き、そのまま後列の喉元をまとめて裂いた。

 飛び込んできた獣型の顎には、足裏で顎関節を踏み砕き、逆足でこめかみを蹴り割る。

 背中に火球の熱が迫るのを肌で読み、刃に魔力を滑らせる。


「――魔雷滅斬ヴォルティクス・バイン


 黒い稲妻が刃先から咲き、火球ごと術者を貫通する。

 弧を描く軌跡に触れた影が、内部から爆ぜて灰の雨になった。


 斬って、砕いて、焼き払う。

 身体が勝手に動く。

 俺のAGIが最短距離を引き、STRが道を拓き、MAGが蹂躙する。

 五感で、敵の士気が崩れるのをまざまざと感じ取っていた。

 魔族の列がたやすく崩れてゆく。


「おらァ! カスどもがァ! 下がるな、畳みかけろォ!」


 指揮官役のラグナの怒号が飛ぶ。

 魔族兵は従うが、命令を遂行する前に崩れ落ちる。

 斧が振りかぶられる前に肩関節を断ち、槍が突き出される前に喉仏を抜き、呪文が整う前に口腔を貫く。


「推しの幸せを邪魔する奴は、全っっっっ員! ぶち殺す!!」

 

 吠え、倒れた敵を踏み越え、次の敵へ。

 次の、次の、その先へ。




------




 どれほど斬ったろう。

 どれだけ焼いただろう。


 気づけば、夜の平地は灰と焦げ跡で覆われ、唸りも悲鳴も薄まっていた。

 時間感覚が壊れるほど戦い続け、やっと終わりが見え始めた。

 残りはあとわずかだが、それでもゼロじゃない。

 その「わずか」が、牙を向いて何度も俺の肉を裂く。


「くそ……!」


 胸が焼ける。

 呼吸のたびに肺が悲鳴を上げ、背の傷が脈打つ。

 視界の端が赤黒く滲み、手から落ちた血が柄を滑らせる。

 二度の覚醒を経た俺のステータスは、この場にいるどの魔族より高い。

 しかしこれだけの数を一度に相手にすれば、消耗するのもいたしかたない。


「まだ……やれるぞ!」


 それでも前へ。

 ティアが遠くで手を伸ばし、躊躇し、引っ込めるのが見えた。

 お前は来るな。

 もう二度と傷つくな。

 俺がやる。

 俺が終わらせる。


「まとめて消えろ!」


 地を抉って踏み込む。


「――獄雷衝(ヘル・インパクト)ォ!」


 夜が、さらに黒く落ちた。

 極太の雷柱が残存の群れを串刺しにし、輪郭ごと世界から削り取る。

 遅れて爆風が押し寄せ、灰が潮のように引いていく。


 残ったのは……ラグナ、ただ一人。

 静寂の中に、鉄と血の匂いだけが残る。

 俺は剣を握り直し、ラグナと正面から向き合う。

 魔力は、ほぼ底だ。

 柄を握る指先の感覚が薄い。

 腕は鉛の棒になり、脚は震えをこらえている。


「テメェ……本当に人間かァ? どうやってこの短期間で、ここまで強くなりやがった。……下手すると、魔王のボケ以上じゃねェか」


 ラグナは長剣を肩に担ぎ、首を鳴らす。

 眼が獣のように笑っていた。


「けどよォ……テメェの息は、もう上がってらあな。こっからは、俺が食う番だぜェ」

「やってみろ……食えるもんなら、な」


 踏み込みは、同時。

 金属が噛み合う甲高い音、散る火花、足裏に伝わる衝撃。

 ラグナの刃は重く速い。

 肩、肘、手首、首、膝、足首。

 すべてを寸分の狂いもなく、急所を狩りに来る刃筋。

 紙一重で外し、受け、弾く。

 一つでも遅れれば、そこで終わる。


「どうしたァ! さっきまでの勢いはよォ!」

「……口がよく回るな」


 受け流しからの返し。

 ラグナは腰をさばき、刃の角度を一瞬で変えて全ていなす。


「はっ……重くなってきたじゃねェか、脚がよォ!」


 頭上。

 ラグナの影が月を遮った。

 真下へ叩き落とされる斬撃。

 剣を縦に立てて受け止める。

 衝撃が肩から脊髄へ抜け、地面がひび割れる。

 食いしばった歯が軋む。

 握力が溶け落ちそうになる。


「ぐっ……!」

「まだだァ!」


 刃の腹で押し込まれ、体勢が崩れる。

 その瞬間、息を殺し、体を捻った。

 奴の懐に最短距離で潜る。


「らあッ!」


 渾身の突き。

 刃が布を、皮膚を、腹筋の層を割って沈む。

 ラグナの目が、初めて大きく見開かれた。


「テメ――」

「――終わりだ」


 残ったわずかな魔力を、最後の一滴まで刀身へ落とす。


魔雷滅斬ヴォルティクス・バイン!」


 黒い稲妻が、突き刺した傷口から内部へ流れ込む。

 刹那、ラグナの全身が内側から爆ぜ、紫電が骨の隙間で暴れ狂った。


「がッ――ぁァァァァァァァ!!」


 絶叫。

 膝が砕け、砂を抱くように崩れ落ちる。

 震える指で俺の胸倉を掴もうとして、空を切った。


「……クソが……てめェ……覚え……」


 血混じりの言葉を吐き捨て、ラグナはうつ伏せに倒れ込む。

 しばし痙攣、そして動かなくなる。


「……ハァ……ハァ」


 勝った、のか。

 その実感が届く前に、膝から力が抜けた。

 剣が手から滑り落ち、仰向けに倒れる。

 輝く月が滲む。

 星が揺れる。

 口に広がる鉄の味。

 鼓動の音が遠のいていく。


 足音。

 銀白が視界に差し込む。

 女神か――いや、ティアが膝をつき、俺の顔を覗き込んでいた。

 紫の瞳が潤んで、揺れている。


「どうして……どうしてここまで……」


 声が震えていた。

 俺は喉を鳴らし、言葉を探す。


「言ったろ……。お前の命は……世界より、重いって」


 ティアの瞳が大きく揺れ、次いで一筋の涙が頬を伝う。

 月の光を受けて、宝石みたいに光った。


「……あは。本当に、貴方が生きていてくれて……よかった」


 そんなの、こっちのセリフだよ。

 その笑みを見届けたところで、意識がふっと闇に落ちた。

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