第24話 ラグナ、撃退
――ドガァァアアアアン!!
轟雷が地を割り、空を裂く。
極太の漆黒が間断なく落ち、岩肌を粉砕し、土砂と火花を四方八方に吹き飛ばした。
空気は焦げた臭いと熱気を孕み、肺の奥が焼ける。
「チッ……何て火力だァ……!」
ラグナの口元が歪む。
だがその目は、むしろ獲物を見つけた猛禽のように鋭さを増していた。
――ズドォン! ズガァァン!
雷が次々と大地を抉る。
黒い稲妻が視界を覆い、落ちるたびに地面が跳ね上がった。
ラグナはその合間を紙一重で潜り抜ける。
地を蹴るたび、足元の土が爆ぜ、肩先を稲光がかすめる。
髪の先を焼くような閃光を浴びてなお、その動きはまるで狂気の舞踏。
「確かにヤベェ攻撃だが……本体を仕留めりゃァ」
雷柱の隙間を抜け出し、鋭く息を吐く。
奴の狙いは、俺だ。
「シィッ!」
奴の足が地を裂き、ぶつけられる殺気に背筋が凍り付く。
反応は、間に合わない。
「――ッ!」
刹那、人影が俺とラグナの間を裂いた。
「させるか!」
勇者の声が、雷鳴よりも鋭く響く。
その肩がラグナの突きを受け止め、鮮血が舞った。
「な……邪魔すんじゃねェッ!」
「ぐっ……!」
ラグナの咆哮と共に、勇者の肩口から血が弾けた。
真紅のしぶきがラグナの頬を汚し、その口元が獣のように歪む。
刃を引き抜こうと、腕に力を込めた瞬間。
「逃がさん……!」
勇者が逆に片手で剣を掴み込み、空いた腕を回してラグナの胴をがっちりと抱きすくめた。
互いの額がぶつかるほどの距離、吐息が混ざり合う。
「ギィッ……!?」
ラグナの目がぎらつき、勇者の眼光はそれを貫く。
俺は雷を途切れさせぬよう魔力を流しながら、吠える。
「どけ! 巻き添えになるぞ!」
「構わん! 俺ごとやれ!」
その言葉に、わずかな逡巡も飲み込み、俺は頷いた。
「……わかった!」
空気が再び焦げ、耳の奥が軋む。
黒い火花が天から走り、周囲の色が一瞬で褪せ落ちる。
頭上から迫るのは、世界を断ち割る漆黒の雷柱。
「テ、テメェも死ぬ気かァ!?」
「――岩化硬体」
勇者の全身がみるみる灰色に染まり、肌に岩の紋様が浮かび上がっていく。
石像のような肉体が、暴れるラグナをがっちりと押さえ込んだ。
そう来ることは、わかってたぞ。
鉄板だよな、勇者×石化って。
「はなせッ、ク――!」
ズドォン、と。
雷鳴が大地を裂き、二人を漆黒の閃光が貫いた。
硬直したラグナの体が弓なりに反り返り、焼け焦げた煙を立ちのぼらせながら宙を舞う。
そのまま岩肌の地面に叩きつけられ、鈍い音と共に砂埃が一面に広がった。
「……カハッ……ッ」
喉の奥から絞り出すような咳。
視界の端で、勇者が石化を解く。
灰色が剥がれ落ち、露わになった肩口には血がにじみ、滴っていた。
それでも彼は剣を握りしめ、迷いのない足取りでラグナに近づく。
「これで、終わりだ」
剣先が突き付けられた刹那、ラグナは口角をわずかに吊り上げた。
「覚えてろ、よォ……!」
その背後、地面の一点が黒く滲み、渦を巻き始める。
虚空の穴が音もなく口を開け、底知れぬ闇が広がった。
ラグナはそこへ身を沈め、影のように掻き消える。
「……逃げたか」
勇者は息を荒げながらも剣を下ろし、まだ熱を帯びた地面を見据えていた。
「大丈夫か!」
反射的に振り返る。
視界の端で、リンが肘を支えに上体を起こしていた。
頬に擦り傷、肩で荒く息をしている。
「ぼ、ボクは……大丈夫、だけど……」
声が震えている。
その背後、エミリアはまだ地面に横たわったまま、動かない。
彼女の傍らにはティアが膝をつき、必死に手をかざしていた。
「エミリア!」
駆け寄った俺に、ティアが落ち着きを保ちながらも険しい声で告げる。
「止血と応急の回復は施しました。今は命を落とすことはありません。……ですが、一刻も早く体を休めなければ。すぐに里へ戻りましょう」
その言葉を最後まで聞く前に、俺はエミリアを慎重に背へと担ぎ上げる。
肩に伝わる体温が、やけに低い。
「行くぞ――雷刻破!」
脚に紫電が奔り、足元の大地が爆ぜた。
稲光が残像を引く中、景色が矢のように後方へ消えていく。
耳を裂く風の音に紛れ、胸の奥で苦い思考が渦を巻いた。
守ると、言ったのに。
……俺は、選択を誤った。




