第23話 怒りの雷
――ギィン！
「くっ……！」
「ヒヒ……よく防いだなァ」
速い。
目で追えるギリギリのスピード。
間合いの外から、いきなり刃が迫ってきた。
何とか反応してこちらも剣で防いだが、一瞬でも遅れたらあの世行きだった……！
「退け！」
横合いから勇者が突きを繰り出す。
俺は巻き添えを喰らわないよう、剣を受け流すと同時に後方へ跳んだ。
「遅ェ遅ェ」
ラグナはひらりと体を捻り、勇者の攻撃を紙一重でかわした。
ギリギリ紙一重なのではない。
完全に斬撃の軌道を見切り、ちょうど当たらない位置に動いたのだ。
その身のこなしにと表情には、微塵の焦りも揺らぎもない。
ただ遊ぶように、次のアクションのために足を動かしただけ。
やはり差はあるが、これほどか……。
AGIとSTRがA級。
つまり、攻撃力と速度が俺より上。
ステータス差は計算済みだが、実際にぶつかってみると重みは想定以上だ。
「どうしたァ？ それで本当に勝つつもりかァ？」
挑発混じりの声と共に、黒い影が俺の正面へ跳ぶ。
まただ。視界から消失するような速さ。
俺は反射的に剣を立てて受ける。
金属が悲鳴を上げ、腕に重い衝撃が走った。
「ちぃっ……！」
押し返した勢いのまま、横薙ぎに刃を振る。
だがラグナは腰を沈めてかわし、そのまま俺の懐に潜り込もうとする。
「ハァッ！」
背後から勇者が踏み込み、縦一文字に剣を振り下ろす。
しかしラグナは一転、地面を蹴って真横へ跳び退き、二人の間合いを外す。
「二人同時でこれか。……まァ、悪かァねェが、まだまだ足りねェなァ！」
吐き捨てるように笑い、再び踏み込んでくる。
勇者が迎え撃ち、剣と剣が正面からぶつかり合った。
火花が散り、鍔迫り合いの圧力が空気を押し潰す。
「――雷刻破」
足に黒雷を纏い、ラグナの元へ高速移動。
その勢いのまま、剣を振り上げた。
「ンなッ……！ ヒョウッ！」
だが、ラグナは勇者を弾き飛ばしながら体をひねり、俺の斬撃を刃の腹で防いだ。
その反動で、俺も距離を取らされる。
「急に素早くなりやがったなァ。面白ェ面白ェ……！」
楽しそうに口角を吊り上げるラグナ。
雷刻波を使って、ようやく速さは五分ってところか。
「これ程か……魔王軍幹部……！」
そう呟く勇者の口から、ギリと歯を食いしばる音が漏れる。
「大丈夫だ、必ず勝てる！ 二人で連携するんだ！」
「わかっている！ それが勝利への、たった一つの道筋だ！」
息を合わせて二方向から挟み込もうと再び仕掛ける。
俺が低く滑り込むと同時に、勇者は上段から全力で振り下ろす――が、ラグナは上空へ弾丸のように跳び、両方を空振りさせた。
「おっとォ、危ねぇ危ねぇ……今のはちょっとヒヤッとしたぜェ」
と、言葉では言いつつも、表情は余裕そのもの。
額には汗一つなく、むしろ楽しそうに目を細めている。
このままでは、押し切られる。
そう悟った瞬間、ラグナの姿がまた掻き消えた。
背後に殺気。
振り返ると同時に、漆黒の刃が迫る。
剣で受け止めるも、膝まで沈むほどの圧力が地面を砕いた。
「ケヒャヒャヒャ！ 一体いつまで持つかねェ！」
「くそ……！」
「遊ばれているな……！」
勇者と短く言葉を交わす間にも、ラグナは軽く跳び退き、また次の突撃の体勢を整えていた。
「――ボクも加勢するよっ！」
後方からリンの声。
次の瞬間には彼女は駆け出し、俺たちの隣に飛び込んできた。
長剣を構え、勇者の隙を埋めるようにポジションを取る。
「呆気に取られてしまいました。私も、支援いたします」
「私は回復を！ 皆さん、傷を負った際は後方へ！」
ティアに、エミリアも。
「よし、行くぞ！」
前衛は俺・勇者・リン。
後衛でティアが結界と光弾を放ち、エミリアは回復薬や包帯を矢継ぎ早に使って支える。
「ほォォ……やっぱ人族ってのは面白ェなァ。人数が集まれば集まるほど、どんどん強くなりやがる」
戦闘メンバーが増えたことで、少しだけ押し返すような形になる。
ラグナは「うんうん」と感心したように頷くと、不意に、消えた。
「――バァ！」
「うっ……！？」
次の瞬間、リンの眼前に現れたラグナ。
黒曜の刃が、彼女の脇腹を裂く。
血飛沫が舞い、リンが膝をついた。
「リン！！」
俺は即座に踏み込み、ラグナを弾き返す。
リンの肩を抱えて後方へ下げる。
「リンさん！ 大丈夫ですか！」
「痛ちち……ご、ごめんね、ちょっと休憩……」
エミリアが駆け寄り、応急処置に取りかかる。
リンが、いつも元気で明るいリンが、血を流している。
奴の、せいで。
「動くな。任せろ」
俺は前へ戻り、ラグナと距離を詰める。
奴は口元を吊り上げて笑っていた。
「おうおう、やっと一匹減ったか。次はどっちだァ？」
「次はお前だ！ 魔雷滅斬！」
固く握った拳に漆黒の魔力が収束し、そして雷が迸る。
右手に剣、左手に黒雷。
二種類の攻撃を、俺は同時に繰り出した。
「――虚空門ォ」
瞬間、奴の体の前の何もない空間に、ぽっかりと穴が開く。
中から覗くのは暗闇だけ。
まるでブラックホールのようなそこに、俺の攻撃は吸い込まれていった。
穴の縁が狭まり、やがて完全に閉じ切る。
「ぜェーんぶ、ナイナイだ」
両手をひらひらさせながら、ラグナは軽快に言った。
たじろぐ俺の背後では、ティアが長い詠唱に入っていた。
その声に、ラグナの目が細くなる。
「チッ……邪魔だなァ！」
剣に瘴気を纏わせ、一閃。
黒い衝撃波が一直線にティアへ向かう。
「ティアッ！」
間に合わない。
そう思った瞬間。
エミリアがリンを支えていた手を離し、躊躇なく前へ飛び出した。
「エミリア――！」
衝撃波が直撃し、エミリアの体が弾かれるように地面を転がった。
鈍い音が耳に残る。
白い肌に走る深い傷、閉じきらない瞳。
「そんな……！」
声が震える。
横目に映るのは、まだ痛みに顔を歪めながらこちらを見ているリン。
その視線も、手の震えも、俺の胸を焼いた。
二人が、俺の仲間が、推しが、傷つけられた。
「……二人とも……」
視界が赤く滲む。
全身を駆け巡る怒りが、理性を一瞬で飲み込む。
「ラグナァアアアアアアアアア！！！」
視界が明滅する。
――ドォン
どこかで地響き。
――ドン、ドォン、ドゴォン
それは、止むことのない俺の怒りそのもの。
――ドガァァアアアアン！！
樹齢千年の巨木のような、極太の雷が、世界を焼いた。
