表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/46

第19話 あは。

 神の里をあとにした俺たちは、遺跡を目指して山道を進んでいた。

 勇者とティアが先頭を歩き、その後ろにエミリアとリン。

 そしてしんがりを俺が務める。

 アタッカーが二人に万能型が一人、魔法使いに後方支援。

 五人パーティとしてはバランスは悪くない。

 問題はこれが、自由気ままなぶらり旅じゃなく、運命改変ルートの分岐点だってことだ。


「ねえねえ、遺跡ってどんな感じのとこなの? 魔物とかいる? トラップある? 宝箱は?」


 隊列の中央で、リンがテンション高めに質問を連打している。


「遺跡は石造りで、入り組んだ迷路のようになっています。トラップはありませんが、強力な魔物たちが巣くっていて、並の戦士ではすぐに命を落としてしまうでしょう。宝箱は……いくつかは、あるかもしれませんね」

「へえ~っ! 強い魔物かあ、楽しみだなあ~! わくわく!」


 前方から、丁寧に全ての問いに回答するティア。

 俺は後ろにいるから見えないけど、きっとリンは今にっこにこなんだろうな。

 可愛いね。


「リンさん、油断は禁物ですよ。いくらヴァルド様がいるからと言って、危険な場所であることに変わりありません」


 エミリアが注意するも、リンは「わかってるってば」と言いつつ、小石を蹴ってぴょこんと跳ねる。


「はしゃぎすぎるな」


 冷ややかな声がかけられたのは、勇者からだった。

 リンは動きの激しさをやや落とすと、普段より低めの声で言う。


「う……そうだね、ごめん」

「……フン」


 おい、なに俺の推しを落ち込ませてんの?

 ぶっ飛ばしてやろうかなアイツ。

 と俺が割って入ろうとしたところで、ティアが振り返った。


「ここから先は道幅が狭くなり、魔物も出てきます。陣形を変えましょう」


 ティアの提案を受け、歩く並びが変わった。

 一番腕っぷしに自信のある勇者が先頭、その後ろに前衛アタッカーのリンが続き、唯一戦闘能力の無いエミリアを安全な中央に置く。

 そして魔法職のティア、最後尾に俺だ。


 相変わらず勇者は無言でズンズン進んで行くし、エミリアとリンは小声で仲良く喋ってる。

 俺はと言えば、皆に合わせて歩を進めながら、三歩ほど前を行くティアを見つめていた。

 白いローブの裾が風に揺れ、淡い銀髪が陽光に透けて見える。

 まるで幻のような輪郭。

 美しすぎて、いつまでも眺めていたくなる。


「……なあ」


 俺が呼びかけると、ティアは横目で少しだけこちらを見て、また前を向いた。


「何でしょうか」


 落ち着き払った声。

 これから死地に赴く人間とは思えない冷静さだ。


「怖くないのか?」


 あえて多くは語らず、あいまいな質問を投げかける。

 彼女は相変わらず前方だけを見つめ、変わらぬペースで歩を進めながら口を開く。


「怖い……とは?」

「この先に待ち受けてること、だよ」

「……!」


 均一だった彼女の歩幅が、一瞬だけ乱れた……ような気がした。


「具体的に仰ってください」

「……いや、特に何か思い当たってるわけじゃないよ。ただ、この先には手ごわい魔物たちが居るんだろ。それが、怖くないのかなって」

「そういうことですか。でしたら、答えは肯定です」


 隊列の後方を歩く、俺たち二人だけにしか聞こえないほどのボリュームで、言葉を重ねる。


「神託の巫女という立場は、感情よりも責務が先に立つので」

「責務……ね」


 言葉だけを聞けば、さも本当のように聞こえる。

 いや、実際本当なのだろう。

 嬉しい、腹立たしい、悲しい、楽しい、怖い。

 そう言った感情は、きっと、あるだけ無駄なんだ。

 だって、神託の巫女という大いなる力を持つ彼女には、それに見合った責任が伴うのだから。


「……命、とは。どういうものだと思いますか?」


 まさかの彼女の方から、唐突な問いだった。

 その声は妙な静けさを孕んでいる。

 あたたかくも、張り詰めたような。


「命?」

「はい」


 はいって言われても……。

 また難しい質問だなあ。

 命、命、命。

 俺はしばらく悩んだ末、頭に思い浮かんだとりとめのない言葉を口に出す。


「大切な人のために使うもの、かな」


 俺にとって大切な人――エミリア、リン、そしてティア。

 前世で何も成し遂げられず失ったこの命、二度目は彼女たちのために使いたい。

 俺の、正直な気持ちだった。


 ――ピタ、と。

 先ほどとは違い、今度は明確に、彼女の歩みが一瞬だけ止まった。

 どういう心情なのかはわからない。

 俺の回答に何か思うところがあったんだろうか。


「私も、全く同じように考えています。他者のために使うべきである、と」


 俺はしばし黙ってから、わずかに眉をひそめた。


「ティアの口から『命を使う』って聞くの、嫌だな」

「な――! あ、貴方もそう答えたでしょう!」


 お、珍しく声を荒げたね。

 新たな一面を見られて嬉しく思います。


「自分で言うのは良いけど、ティアはダメ」

「何ですかそれは……」


 呆れたように呟いたあと、「ふっ」と。

 ティアから漏れる吐息。

 前を向いているから見えないけど、え、もしかして笑った?

 激アツなんだけど。


「貴方に何と言われようと、私のこの考えが変わることはありません」


 そう言って、彼女は後れを取り戻すように速足で歩きだした。

 うん。きみはそういう人だって、俺は知ってるよ。

 だからこそ、あの未来に繋がるんだろう?


 原作で、ティアには《《2パターンの死亡イベント》》が用意されている。

 1つ目はプレイヤーの選択肢次第で回避可能だが、そこで生き延びても2つ目で必ず命を落とす。

 どうあがいても、確実な死が待っている。

 エミリアやリンはどうやっても会えなくて辛かったけど、ティアの『近くにいるのに救えない』ってのもかなり苦しかったよ。


 そして彼女の死亡イベントの1つ目が、この遺跡攻略後のボス戦なんだよな。

 

「ティア」


 俺は昔のことを思い出して、たまらなくなって、彼女の名を呼ぶ。


「……なんでしょうか」


 彼女はしっかり足を止めて、こちらを振り返ってくれた。

 銀の長髪が、彼女の動きに遅れてついてくる。

 その淡い紫色の瞳を見つめ、俺は口を開いた。


「お前の命は、世界より重いぞ」


 ティアが目を見開く。


「……冗談は、おやめください」

「冗談なもんか」


 そのまましばし見つめ合う。

 流れる沈黙。

 それを打ち破ったのは、弊パーティが誇るとびっきりの元気っ子だった。


「――本気に決まってるでしょ!」

「きゃ――!?」


 リンがティアの後ろから、ドン、と体重を預けるように抱き着いた。

 え、ティアさんそんな声も出すんだ?

 超かわいいね。

 さっきのおねだりボイスの件といい、リンはマジで良い仕事するな。

 そして、遅れてやってきたエミリアが微笑む。


「ヴァルド様は、そういう方なんですよ。……ね? リンさん」

「ねー。口説き文句にしては、ちょーーーっと重すぎだけど」


 リンが指で「ちょーーーっと」を形作りながら言った。


「……《《あは》》。まったくですね、本当に」


 え。

 あは、だと!?

 ティアが笑った!? 

 いや、笑ってくださった!?

 何だ今の天上の鈴音みたいな可憐な音は!? 

 ちょっと待て落ち着け俺落ち着け俺落ち着いや落ち着けるわけないだろ! 

 原作じゃ一度だってしなかった笑い方だぞ!? 

 それが今、目の前で咲いたんだぞ!? 


 くそ……尊い、ああ、尊い……!

 この一瞬を眼光に直接印写して永久保存しておきたい。

 そのうえで、魂にも刻み込みたい。


 推しの笑い声が混ざった、少しの空気の緩み。


 ああ、楽しいな。


 こんな日々が続けば最高に幸せだろうな。


 だけど、この先に待っているものは――


「――おい! 何をしている! 本当に置いていってしまうぞ!」


 遥か前方から勇者の叱責が飛んでくる。


「勇者様がカンカンだ。行こう、皆」

「おーっ!」

「はいっ、ヴァルド様」

「もう少しで遺跡に着くはずです。頑張りましょう」


 何を弱気になっている。

 ゲームシステムに阻まれたあの頃とは違う。

 俺は、ティアを救ってみせる。

 彼女の運命を、この世界(ゲーム)のストーリーを、俺が書き換えてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ