第18話 推し は『おねだりボイス』を 繰り出した!
「――俺も、連れて行ってもらおうか」
俺は一歩、前へ出た。
「……怪しいな」
勇者が警戒心丸出しで眉をひそめる。
予想通りの反応だった。
まあ、当然だろう。
面識のない得体の知れない男が、突然ついて行くと言い出したのだ。
しかも明らかに戦える風体で、武器も持っていて。
「何者だ。どう見ても、ただの旅人には見えない」
「いや、旅人だよ。観光がてら寄ってみたらビックリだよ。勇者様に会えるなんてさ」
俺は肩をすくめて笑顔を作り、続ける。
「しかも、神託の巫女様とやらを連れて遺跡探索に向かうって状況だろ? 何が起きるのか気になるんだよ。見物ってやつさ」
わざとらしく軽く返すと、勇者の口元がほんのわずかに歪んだ。
「人類の命運が懸かっている場所に、見物でついて来る奴がいるか?」
「なら、なおさら行かなくちゃ。こう見えても、腕には自信があるんだ」
「ふざけるな!」
声を荒げた勇者は、腰の剣に手をかけた。
が、そこで割って入ったのはティアだった。
「おやめください」
静かで、しかし通る声。
ティアが一歩前に出る。
紫の瞳が勇者を見据えていた。
「私は、この方の同行を認めます」
「なに……?」
勇者は抜剣しかかった体勢のまま、低い声で尋ねる。
「神託、というやつか?」
「いいえ、神託によるものではありません。ですが……」
ティアは首を横に振りながら、少しだけ言葉を切る。
「この方の中に、温かな気配を感じます」
「……」
勇者は沈黙した。
ティアの言葉は何の根拠もないが、決して軽いものでもない。
彼女がそう言うならそうなのだろう、と思わせる雰囲気があった。
「わかった」
ようやく勇者が頷いたところで、俺はこっそりと息をついた。
助かった……というわけじゃない。
だが、ティアが俺の存在を拒絶しなかったこと。
それだけで今は十分だった。
それにしても、先ほどの一瞬の邂逅で何を感じ取ったのか。
未来視ではないが、ティアは確かに俺の異常性を見抜いた。
やっぱり、彼女は只者じゃない。
「じゃあ、行くぞ。さっきも言ったが、俺には人類を救う使命がある。今もどこかで魔物に苦しんでいる人たちがいる。一秒たりとて、立ち止まっている暇はない」
そう言って勇者が歩を進めようとするが、またすぐに立ち止まった。
「……その二人も来るのか?」
彼の視線の先には、俺の後ろに並ぶエミリアとリン。
「あ、いや。彼女たちは置いて――」
「行きます」
「行くよ」
即答ですね。
一瞬の迷いもなく、二人の手が俺の両腕に伸びてくる。
そのまま、しっかりと抱えられた。
や、やば……左右からの挟撃!?
これは……幸せサンドイッチ……ッ!
柔らかな感触。
凛とした横顔と、無邪気な笑み。
包囲された俺は、いまにも尊死しかけていた。
けれど、当の本人たちは至って真剣そのものだった。
「ヴァルド様がお行きになるのなら、私も参ります。今度こそ、何があっても傍にいると決めましたから」
「そうそう。置いてかれても、どうせボク、勝手に追いかけるし」
「ええ……」
戸惑う俺に対し、リンが得意げに腕を組む。
「なに? 止められると思ってんの? このボクを?」
「止める気満々ではあるんだけどな……」
だってさ。
この先に待ち受けてるのは、俺でさえ《《勝てないかもしれない》》と思ってる相手だ。
『あのイベント』は危険すぎる。
巻き込みたくない。
そう思っていたはずなのに、二人は俺の隣に立つことを、最初から決めていたようだった。
「――無駄だよぉ? ヴァ~ルドっ?」
耳元で響いた、妙にねっとりとした甘ったるい声。
……え?
「ボク、行きたいなぁ。ねぇねぇ、一緒に連れてってくれたらさぁ……ボク、すっごーくヴァルドのこと、好きになっちゃうかもなんだけどぉ……?」
ぐはぁっ!
お、おまっ……なにその声色!?
いつもの「はつらつ元気っ子ボイス」はどこ行った!?
完全にあざと甘え声+上目遣い+語尾のびのび可愛すぎ戦法なんですけど!?!?
やばい、脳が溶ける。
俺の中の何かが今、明確に崩壊しました。
そしてその瞬間、さらなる追撃が飛んでくる。
「……わ、私も……好きになっちゃいます、し……お礼に……イロイロ、して差し上げられると思います、けど……?」
――エミリア!?
思わず二度見した。
小首をかしげ、頬を染め、視線を上げてくるその姿はもはや……。
ダメだ、俺の語彙じゃ表現しきれない。
なんでそんなことできるの?
誰に教わったの?
「さっすがエミリア、練習したかいがあったじゃん!」
当のリンが満面の笑みで満足げに言う。
あ、きみが主犯だったんだ。
ありがとう、大感謝です。
「ねえ? ねえ? ヴァルドぉ……置いてっちゃやだぁ……」
「ヴァルド様、すき、すきですから……お願いします……」
ぐっ……!?
二人が揃って、腕にぎゅうっと絡んでくる。
上目遣いで見つめてくる。
このコンビ、もはや反則だろ!?
理性が焼け落ちる。
俺は、魂の奥でひとつため息をついた。
「……分かった。行こう、二人とも。ただし、俺より前に出るなよ。特にリン、お前はな」
「やったっ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
……くそ、推しの甘え、最強か。
けどまあ、正直、迷ってたのは事実なんだよな。
この先、勇者とティアを待ち受けている『あるイベント』とは、要するにボス戦。
その強敵を退けることができれば、ティアの運命は大きく変わる。
救済に繋がる一手。
だからこそ、失敗は許されない。
敵のスペックは、MAGとSTRがAで他はB。
つまり、オールBである今の俺よりも純戦闘能力ではわずかに上。
油断禁物、真正面からぶつかってギリ勝てるかどうかってラインだ。
そんな中、彼女たちを安全圏に残すべきか、あるいは少しでも戦力として加えるべきか。
難しい判断ではあった。
いや、ほんとだってば。
おねだりに負けたとか、あざと甘え攻撃に陥落したとか、そういう話じゃないってば。
「それでは、出発しましょう」
ティアの声が、静かに場を締める。
その一言で、空気が一変した。
勇者も頷いて、鋭い視線をこちらに向けてくる。
「俺の旅に、遅れは厳禁だ。足手まといになるようならそれまで。魔物にやられても、庇うつもりはない」
言葉の棘は、決して悪意じゃない。
ただの宣言。
巨大な使命を背負う自らに課したルールだ。
もちろん、構わない。
ま、いざというときは、俺が守るさ。
この命に代えても。




