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幕間 瑠璃と翡翠の協定

 静かな夕暮れだった。

 アグネアの町に平穏が戻ったこの日、リンはヴァルドたちが滞在する宿の一室にいた。

 本来なら自分の家に戻るはずだったのだが、事件後の処理や報告、手当てを受けた疲れもあって、どうにも足が重くなる。

 そんな彼女に「少し休んでいきませんか?」と声をかけてくれたのが、エミリアだった。


「どうぞ、熱いうちに」


 小さな丸テーブルの上に、湯気の立つ紅茶のカップが二つ並べられる。

 ヴァルドの分はない。

 彼は、町長邸の秘密を知っているだか何だかで、自警団のメンバーを引き連れてどこかへ行ってしまった。

 なぜこの町に来たばかりの旅人である彼が、そんなことまで知っているのか……は、聞かない方がいい気がする、とリンは思っていた。

 エミリアが丁寧な手つきで注いでくれた香り高い紅茶を、そっと口に含む。


「ん……おいしいっ!」

「よかったです。少しでも、気が休まればと思って」


 エミリアの笑顔はどこまでも穏やかで、そしてあたたかい。

 緊張していたリンの肩の力が、少しずつ抜けていった。

 しかしそれと同時に、自分にはない『女性らしさ』を体感し、どこか胸が痛む。

 窓の外では、茜色に染まった空がゆっくりと暮れ始めていた。


「ねえ、エミリア」


 紅茶を見つめながら、リンがぽつりと口を開く。


「ヴァルドってさ、変な人だね」

「……はい、そうですね」


 エミリアは少しだけ目を見開いた後、小さく笑いながら同意した。

 リンは言葉を続ける。


「でも、すごい人だよね」

「はい。とても、そうですね」

「戦ってるときも、凄い頼りになってさ。ヴァルドの声に後押しされて、今までで一番の技が出せたんだ」


 言葉を探しながら、リンは頬を赤らめた。


「昨日の夜、魔物と戦ったとき……危ないって思った瞬間に、後ろから飛び出してきてくれたんだ。『助けに来たぞ』って。あのとき、本当に……」


 カッコよかった。

 そう言いそうになって、婚約者の前で何を、と思いとどまる。

 けれどその記憶を思い出すと、胸の奥がふわっと熱くなってたまらない。

 エミリアはそんなリンの表情をじっと見つめていたが、やがてくすりと笑った。


「――もしかして、好きなんですか?」

「え……えぇっ!?」


 あまりにも直球な問いに、リンは思わず声を上げてしまった。


「ち、ちがっ、ちがうっていうか……いや、好きって、そういう意味の……えっ? えっ?」


 顔を真っ赤にして慌てるリンを、エミリアは楽しげに眺めている。

 やがて、リンは頭を抱えてしゅんと項垂れた。

 この場に『あの人』が居なくてよかった、と心底ホッとする。


「ううう……エミリアってば、意地悪なこと聞くなあ……」

「ふふ、ごめんなさい。ついからかいたくなっちゃって」


 エミリアは紅茶のカップを手にしながら、優しい声で言った。


「わかりますよ。ヴァルド様は、大切な人のためなら何だってできちゃう人です。格好いいんですよ、本当に」

「……うん、わかる気がする」


 リンは胸元を押さえる。


「まだ、その、こ、恋……とかってはっきりわかるほどじゃないけど。でも、すごく気になるんだ。つい目で追っちゃうし、隣にいるとドキドキするし。今日だってみんなの前で喋った後、一番最初にヴァルドに『やったよ』って言いたかった」

「それは、きっととても素敵なことですよ」


 エミリアの言葉に、リンは思わず顔を上げた。


「きっとリンさんの想いも、ちゃんとヴァルド様に届きます。私、そう信じています」

「え……ええ? や、それは嬉しいけど、でも……」


 そこで一呼吸おいて、先を続ける。


「いいの? だって、ヴァルドはエミリアの……」

「もちろん、私もヴァルド様のことをお慕いしています。ですが、私は……ヴァルド様が『誰かを想う』のを見たい、とも思っているんです」

 

 その言葉は、リンには到底理解しかねる心情だった。


「ヴァルド様、以前は本当に無感情な方だったんですよ?」

「無感情!? ヴァルドが!?」


 リンの脳内に思い浮かぶのは、自分の一挙一動に過剰反応し、優しく微笑みかけてくれ、自分が貶された時には鬼のような形相で怒る姿。

 エミリアの言い分とは真逆だ。


「ええ。まあ、この話は長くなってしまうので、また旅の中ででも……。私が言いたかったのは、そんな無感情だったあの方が、誰かを愛して誰かのために行動して、誰かを救って笑顔になる。それが、心の底から嬉しい……ということです」


 そう言って夕日に照らされるエミリアの横顔は、同性のリンが見ても息を飲むほどの美しさだった。


(……敵わないな)


 リンは内心でそう思いながら、紅茶の入ったカップを掴んで立ち上がる。


「よーし。じゃあ、負けないように、ボクも頑張らなきゃね!」

「ふふ、応援しています」


 二人のカップが、こつんと軽く音を立てて重なった。


 それは、淡い想いの始まりを告げる鐘の音のようで。


 そして、小さな誓いの合図のようでもあった。




=====================================

あとがき

 これにて第2章、リン・アーカー救済編完結です。

 読者の皆様、ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。

 少しでもお楽しみいただけましたら、ぜひ、フォローや評価をいただけると嬉しいです。


 皆様からの応援が、何よりの励みになります。

 今後も『推しを救う物語』を全力で書いてまいります!

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