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第15話 新たなる旅立ち

 朝日が地平線を染め上げ、アグネアの町に新しい一日が訪れようとしていた。

 だが広場に集まった人々の表情は、その明るさとは裏腹に張り詰めている。

 空気に緊張が走っていた。

 中央の木製の足場。

 そこには、磔にされた二人の男の姿があった。


 一人は、この町を裏で支配していた男、ドルマン町長。

 そしてもう一人は、自警団の団長でありながら、人さらい一味の頭目でもあったザック・リカート。

 一味の残りは、今ごろアジトに駆け付けた自警団の連中に捕らえられているところだろう。


 そしてその二人の傍らに、真っすぐに立つ少女。

 青い髪に、凛とした瞳。

 リン・アーカー。

 彼女は、あの壇上に立つことを許された、この町でたった一人の告発者だった。

 人々がざわめくなか、俺は広場の後方からその様子を静かに見つめていた。


「ヴァルド様っ……!」


 その声が耳に届いた瞬間、俺の体は本能的に振り向いていた。

 小さな影が一目散に駆けてくる。

 リボンのついた白い外套が揺れ、栗色の髪が風に舞っていた。


「エミリア!」


 次の瞬間、その小さな身体が勢いよく俺の胸に飛び込んできた。

 ふわりと広がる花の香り。

 ぱし、と背中に回された腕。

 細い指が、ぎゅっと俺の服を握って離さない。


「会いたかった……!」


 その言葉に、俺の喉が詰まる。

 彼女の頬が胸元に触れ、震えているのがわかる。

 温かくて、柔らかくて、ひたむきで、こんなにも愛しい。


「ごめん、遅くなったな。もう大丈夫だ」


 俺は両腕を広げて、彼女をしっかりと抱き返した。


「ほんとに……無事で、よかった……」


 小さな声が、今度は泣き笑い混じりに胸元から漏れる。

 エミリアは顔を上げると、潤んだ瞳をまっすぐに俺へ向けた。


「ずっと、信じてました。ヴァルド様なら、きっと戻ってきてくださるって」


 それから、真っ赤になった頬を隠すように俯き、そっと囁く。


「おかえりなさいませ……だ、大好きです」


 その言葉に、心の奥があたたかく満ちていくのを感じた。

 俺は頷いて、彼女の頬にそっと手を添える。


「ただいま。俺も、お前のことが世界で一番好きだよ」


 その瞬間、エミリアの顔がぱあっと明るくなった。

 と、思ったら。


「も、も、もう……っ! 人がたくさん見てます……!」


 顔を真っ赤にして、きゅうっと俺の胸をぽかぽか叩いてくる。

 だがその瞳は、やっぱり笑っていた。

 やがて、広場の喧騒が静まり返る。

 リンが壇上から一歩前に出た。


「皆さん! 私、リン・アーカーは、このたびの人さらい事件の真相を、ここにお伝えします!」


 張りのある声が、朝の空気を突き抜けて響いた。


「首謀者は……そこにいる、ドルマン町長。そしてザック団長。そして人さらい一味の連中でした!」


 ざわめきが広がる。

 人々の間に驚きと混乱が走る。


「そんな……!」

「町長が……? 嘘だろ……?」


 だが、リンの声は揺れない。


「私は彼らのアジトに直接踏み込んで、その目で見てきました。攫われた人たちは今、全員無事です! 町の皆さんのもとへ、帰っていきました!」


 その言葉に人々が目を見開く。


「本当です……私たちの娘が、帰ってきました……!」

「俺の妹もだ! ありがとう、ありがとう……!」


 広がる安堵と歓喜の声。

 その渦の中、リンはほんのわずかに顔を俯け、唇を噛みしめた。

 涙が零れそうになるのを、必死に堪えている表情だ。

 その瞳が、まっすぐに前を見据えた。


「そして……五年前の、あの魔物事件について」


 広場が、再び静まる。


「真犯人は、私の父、ガレッドではありません。全ては……この町長と、その背後にいた者たちが引き起こしたものでした」


 沈黙。

 やがて、一人の老人が前へ出た。


「……リン嬢。あの時、あの時……ワシの孫を守ってくれたのは、あんたの父さんだった……! あれは、今でも忘れられん……。すまなかった、ワシは……町長を恐れて、何もできずに……!」


 リンは、こくんと頷いた。


「いいんです。わかってもらえたなら、それだけで」


 拍手が、どこからともなく起きた。

 それはやがて、広場全体に波のように広がっていく。

 称賛と、感謝と、そして悔いのこもった……温かな拍手だった。


「……ううう」

「ヴァルド様……泣いていらっしゃるので?」


 エミリアが心配そうにのぞき込んでくる。

 いや、泣くよ。

 泣くって。

 圧倒的な格上相手に剣で勝利し、ドルマンの暴挙を白日の下に曝し、父ガレッドの濡れ衣も晴らすことができた。

 これが、これこそが。

 何度も何度もチャレンジして、それでも最後まで見ることが叶わなかった――クエスト『アグネアの深淵』の、正しい結末(トゥルーエンド)だ。


「あ――ヴァルド!」


 壇上からこちらに気づき、走ってくるリン。

 その表情は晴れやかだ。

 先ほどまでの重たい空気はどこにもなく、まっすぐに俺を見て駆けてくる。


「ありがとう……全部、ヴァルドのおかげだよ!」


 弾けるような笑顔。

 俺はそれに、首を横に振って応えた。


「いいや、リンがこれまで頑張って来たからだよ。本当に、よかったな」

「ヴァルド……」


 あ、また泣きそうな顔。

 どんな顔も可愛いなあ。


「リンさん、本当に……お疲れさまでした」


 すると隣で、エミリアが優しく微笑みながら言う。

 リンは少しだけ照れて、頬をかきながら笑った。


「ねえ、お願いがあるんだ」


 その声色に、俺は自然と身構える。


「ボクも、これから一緒に旅をしていいかな?」


 え。

 え、ちょっと待て。

 旅、一緒に?

 一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に歩いて、寝て、暮らして、守って、笑って……毎日が推し二人との共演生活?

 尊すぎて死ぬ。


「……恩返しがしたいの。今度はボクの力で、誰かを守りたいんだ。

 そのためにヴァルドたちと旅をしながら、もっと強くなりたいって思った」


 真面目な理由だ。

 うん、それはすごく立派だし、応援したい。

 でも、問題はもう一人の俺の最愛の推し。

 エミリアが、どう思うか。

 ちらりと視線を向けると、エミリアは一瞬きょとんとしたあと、ふわりと笑った。


「ふふ。リンさんとご一緒できるの、とても嬉しいです」


 ……え、女神かな?

 少し驚いたように目を丸くしていたリンも、その言葉にぱっと表情を明るくする。


「ほんと? ありがとう、エミリア! これから、よろしくね!」

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人が微笑み合うその光景が、あまりにも尊くて。

 俺はそっと胸に手を当てた。


 こうして、旅はまた新たな一歩を踏み出す。


 守るべき存在を二人に増やして。

 

 そして更なる推したちの未来を、この手で守るために。

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