第14話 アグネアの深淵
暗い洞窟の奥、倒れたザックを見下ろす俺とリン。
だが、まずはやるべきことがある。
「みんな、無事!?」
リンが鎖で繋がれていた人々の元へ駆け寄る。
俺も彼女の後に続いた。
見る限り、大きな怪我はないようだ。
皆怯えた顔をしているが、意識ははっきりしている様子。
「この鎖……鍵がないと外せないかも」
リンが顔をしかめる。
そうだな。
確か原作だと、あそこの棚の裏にある宝箱の中からゲットできるんだが……。
「ここは任せろ」
俺は一歩踏み出し、ひときわ太い鎖の一つを手に取った。
「ふんっ」
力任せに引きちぎる。
バチンと音を立てて鎖が砕け散った。
「すご……」
リンがぽかんと口を開ける。
鍵を使う手もあったが、場所を正確に知っている素振りを見せれば怪しまれかねない。
だから俺は、あえて物理でいくことにした。
それにしても、だ。
ゲームの中じゃツッコミたくなる場面、けっこうあったんだよな。
人が邪魔で通れない通路とか、旅立ちのときに王様からもらえるのが50Gだけだったりとか。
ああいう理不尽の数々も、こうして世界に入ってみれば、案外どうにかできる。
この鎖をぶっ壊すのも、その一例ってわけだ。
……まあ、裏ボスの腕力あってのものではあるが。
原作じゃ不可能だったことが、現実になった今なら可能になる。
となれば、選べるルートも変わってくる。
新たな道が、ここから拓けるかもしれないな。
「ふんっ、よいしょっ、どっこいせ」
などと頭の中で考えながら、鎖を次々と破壊していく。
囚われていた人々は自由になると、口々に感謝を述べてきた。
「皆さん、これで自由です! 一緒に町へ戻りましょう! あともうひと踏ん張りですよ!」
リンが力強く微笑んで告げた。
「よし、じゃあ出発!」
と、歩を進めようとした時。
「ちょっと待ってくれ」
俺は倒れているザックに歩み寄り、その襟元を掴み上げた。
「ガヒュ……は、なせ……!」
ザックはまだ呼吸がままならないようで、放つ言葉は途切れ途切れだ。
そんな彼の抵抗は無視し、俺は手に微量の魔力を込める。
「漆黒雷」
手から放った黒雷をザックに叩き込み、バチリと電撃が弾けた。
ザックの身体がビクリと跳ねてから、再びぐったりと動かなくなる。
「こいつも連れて行くぞ」
「え……後ででいいんじゃ……?」
「リンの戦いは、まだ終わってない」
リンはきょとんと小首を傾げる。
俺はザックを担ぎ上げた。
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朝霧の中、俺とリンはどでかい門の前に立っていた。
そこには救出した人々の姿はない。
既にそれぞれの家に送り届けてきたからだ。
空はすでに白み始め、町が目を覚ましつつある。
「……ほ、ほんとに行くの?」
リンの声には、わずかな震えが混じっていた。
「不安か?」
「そりゃ、不安だよ。確かに団長――ザックが言ってた『自警団を動かせるお偉いさん』なんて、《《ドルマン町長》》しか思い当たらないけどさ……。決定的な証拠があるわけでもないし」
言葉を濁しながらも、リンの視線は眼前の重厚な門をまっすぐに見据えていた。
そう、ここはアグネアの町を支配する男、ドルマンの屋敷だ。
原作の展開では、このサブクエスト『人さらい一味討伐』は、ザックを倒すことでタイトルが『アグネアの深淵』に変わる。
クリア条件は、長年にわたり闇の利権を牛耳ってきた真の黒幕であるドルマン町長を暴き、その罪を白日の下に晒すこと。
リンの父・ガレッドの冤罪も、このタイミングで晴らすことができるのだが……。
既にリンは奴隷商に売られており、プレイヤーの前から姿を消している。
心に深い後悔を残しながら、プレイヤーは次の町へ進むことになる……という、なんとも後味の悪いサブストーリーだ。
だが、今回は。
この世界線では、そんなことにはならない。
「――何があっても、俺がついてるからな」
その言葉に、リンがぱちりと瞬きをする。
「……うん。ありがとう。じゃあ、行こう!」
リンが決意を固めた表情をし、俺は静かにうなずいた。
そして、町長邸の門をノックした。
数秒後、扉が勢いよく開かれる。
「何の用だ! こんな朝っぱらから人の屋敷の門をどんどん鳴らしおって!」
現れたのはドルマン。
寝巻の上から外套を羽織り、いつものように屈強な護衛数名を従えている。
「ほう? 先日の旅の方ではありませんか」
ドルマンは俺を見てから、遅れて隣のリンを認識し表情を歪める。
「……また貴様か」
俺は無言で一歩前へ出ると、傍らの地面に『手荷物』を放り投げた。
ゴン、という鈍い音とともに転がったのは、鎖で縛られたザックの姿だった。
「……! ザ……ザック……!?」
ドルマンの顔が一瞬で青ざめる。
「近頃頻発していた人さらい事件。その一味のボスが、彼でした」
リンが冷静に言い放つ。
「私たちでアジトを突き止め、討伐して、攫われた人たちも無事に救出しました」
ドルマンは苦虫を噛み潰したような顔で、唇を噛んだ。
「な、なんと……まさか彼が……信頼していたというのに……」
「下手な芝居はやめてください」
リンの声が鋭くなった。
「彼の口から聞きました。五年前の魔物襲撃事件、あれを起こした首謀者は、父じゃなくて……お前だってな!」
「なっ……!」
ドルマンの顔がひきつる。
だが次の瞬間には、またふてぶてしい笑みを浮かべた。
「何のことだか……おそらく、貴方がたの動揺を誘うために、嘘をついたのでしょう。見え透いた虚言ですな……醜い犯罪者め」
「嘘をついてるのは、あんたの方だろ!」
「ほう……? 証拠でもあるのかね?」
ぐっ、とリンが言葉に詰まる。
その隙を逃さず、ドルマンは勝ち誇ったように続けた。
「これ以上言いがかりをつけるようであれば、町民を集めてでも話し合いましょう。まあ、この町で長年信頼を築いてきた私と、裏切り者の娘……。どちらの言い分が信用されるかは、明白でしょうがな」
「そんな……!」
歪むリンの表情を一瞥し、ドルマンはくるりと踵を返した。
「おい、そこの犯罪者を牢に入れておけ」
「はっ」
護衛に命令し、カツカツと床を鳴らして屋敷に入ろうとするドルマン。
俺は、リンの頭をぽんぽんと撫でた。
リンは少し驚いた表情でこちらを見上げる。
よく頑張ったな。
ここからは、バトンタッチだ。
「いいぞ、それで」
「……は?」
ドルマンは足を止め、こちらへ向き直る。
俺は言葉を続ける。
「町民を集めろ。どっちが正しいか、聞いてもらおうじゃないか」
「ふ、ふふふ……旅のお方よ。貴方はこの町での私の評判を知らない。これまで数々の功績を積み上げて――」
「――書斎、入り口側から三個目の本棚。上から四段目、右から九冊目……だったか?」
「っ……!?」
ドルマンの動きが止まった。
顔からさっと血の気が引き、目を見開く。
「なっ……な、なぜ貴様が、それを……!」
その狼狽ぶりに、俺は内心で肩をすくめる。
原作通りだ。
ドルマンは最後まで白を切る。
あらゆる弁舌を駆使して、事実を捻じ曲げ、責任を押し付けてくる。
だからこそ、決定的な証拠が必要なんだ。
この屋敷には、隠された地下室がある。
今俺が言った本の背表紙を引けば、隠し通路が開く仕掛けになっている。
その奥には、年代ごとに整理された文書や契約書、裏帳簿、密売記録。
彼が町長に就任する以前から積み上げてきた悪行の数々が、これでもかと詰まっている。
逃げ場なんて、ない。
「ぐっ……あ、足止めしろォォッ!!」
金切り声をあげ、ドルマンが屋敷の奥へと駆け出した。
「はっ!」
護衛たちが剣を抜いて反応する――が、それよりも速く、俺は地を蹴った。
「雷刻破」
刹那、魔力が脚に奔る。
世界が遅くなったように感じた。
視界を突き抜け、音を置き去りにする速度。
次の瞬間。
俺は、逃げ出したドルマンの前に立ち塞がっていた。
「ぐえっ!」
避けきれず、ドルマンは俺に衝突し、そのまま尻もちをつく。
「ひ、ひいっ……なにをしている! 早く足止めを!」
護衛たちがようやく振り向くが、遅すぎる。
俺はドルマンの頭をわしづかみにして持ち上げた。
「身動き一つでもしてみろ。コイツの頭が黒焦げになるぞ」
パチ……ッと黒いスパークが指先で弾ける。
「あぢぢぢぢぢぢぢッッ!!!」
ドルマンがたまらず叫ぶ。
「わ、わがっだ! 言う! 全部言うがら! わだしがやりましたあああ~~~っ!!」
「……!」
リンは言葉を失ったまま、その様子を見つめていた。
だが、瞳には確かな光が宿っていた。
「言いました! だから……だから放してぇぇぇ!!」
「ダメだ」
「ひいぃっ! じゃあ……な、何をすれば……!」
「さっき自分で言ったろ?」
俺は笑みを浮かべた。
「町民を集めるんだよ、全員に聞いてもらうんだろ?」
「ぞ、ぞんな……金なら、いくらでも払いますから……!」
ドルマンの顔から色が消える。
だが、再びスパークが飛んだ瞬間――
「ぎぃやあああああああッ!! わがりまじだぁぁぁッ! 集めまず! 集めまずがらぁぁぁぁ!!」
その絶叫の中、俺はリンへ向かって勝利のVサイン。
リンはしばし呆気に取られていたが、やがて、ぷっと吹き出した。
「……やっぱり、ヴァルドって変な人だよ」




