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第13話 奪還の青剣

 仮面の奥に潜んでいたその顔があらわになると、リンの身体が凍りついたように固まった。


「ザック、団長……!?」


 彼女の声は震えていた。

 無理もない。

 味方だと信じていた者が、実は悪の首魁だった。

 その衝撃と裏切りが、言葉より先に彼女の動きを奪っていた。


 俺も、初見時はぶっ飛んだなあ。

 まさか街の守護者ポジションだったイケメン団長が、こんな裏の顔を持っていたとは。

 キャラクター的には仲間になってもおかしくなかったもんな。


「手を出すなよ……こいつは、俺の獲物だ」


 ザックがゆっくりと剣を抜いた。

 鞘から滑り出た刃が、松明の光を受けてぎらりと光る。

 その顔には、薄く笑みが浮かんでいた。

 それは慈愛ではなく、これから獲物を屠ることへの悦びが宿る笑み。

 狩りを前にした、獣の相貌だった。


「くっ……!」


 リンも咄嗟に剣を構える。

 だが、肩に力が入りきらず、足取りにもわずかな迷いがにじむ。

 心の動揺が、そのまま身体に現れていた。


「――ガァッ!」


 ザックが飛び込んだ。

 咆哮とともに繰り出されたのは、鋭い縦一文字の斬撃。

 リンは息を呑みながら剣を立て、なんとか受け止める。


「っ!」


 打ち下ろされた刃の重みに膝が沈む。

 衝撃の余波で地面の砂が舞い上がった。


「ま……け、ない!」


 リンが歯を食いしばり、刃を押し返す。

 その反動を利用して後方へバックステップし、再び構え直す。

 だが、ザックの動きに間断はなかった。


「遅い!」


 二撃目は左からの水平斬り。

 リンは間一髪で身を引いたが、回避がわずかに遅れた。

 剣の先端が彼女の肩口をかすめ、赤い筋が走る。


「っく……!」


 よろけながら後退するリン。

 肩を押さえつつ、それでも目を逸らさずにザックを見据えていた。


 ……うう。

 助けたい。

 今すぐ飛び出して、あのゲス野郎の顔面をぶん殴りたい。

 だが、だがダメだ。

 今はまだ、俺の出番じゃない。

 これは、彼女自身の戦いだ。

 推しの苦しむ姿は、見ていて胸がえぐられる。

 それでも、俺が勝手に戦ってしまえば、リンがここで立ち上がる意味を奪ってしまう。

 信じろ、彼女の強さを。


 ギリ……と、俺は奥歯を噛みしめながら剣の柄を握り直した。

 万が一のために、いつでも飛び出せるように。


「なんで……なんでザック団長が……?」


 リンの声が震える。

 剣を構えているはずの両手から、力が抜け落ちそうだった。

 目の前に立つ男が、曲がりなりにも自らの所属組織の長である現実を、まだ受け止めきれないでいる。

 その問いに、ザックは楽しげに目を細めると、喉の奥で笑った。


「はっ、ははは……! いい目をするな。懐かしいよ……ああ、まるで写し鏡みたいだ。お前の父親とな」

「お父さんと……?」

「そうさ。あいつもな、俺の正体を知った時、お前と同じ顔をしてたよ。裏切られたと知った者の、最高の表情だ」

「何の話だ!」 


 リンの叫びにも、ザックの笑みは崩れない。

 むしろ愉悦の色を濃くして、ゆっくりと語り出した。


「教えてやるよ。……お前の父親、ガレッドはな。俺と、ある《《お偉いさん》》の尻拭いのために、汚名を着せられたんだ」


 嘲るように軽い声音。

 ザックは天井を仰ぎ、鼻で笑って続ける。


「もともと、魔物を使ってひと儲けしようって話だったんだよ。魔物使いの連中と手を組んで、大量の魔物を調教して。計画は順調、もう少しで動き出す……そんな時だった」


 ふいに、ザックの目が細くなった。

 軽蔑と苛立ちが混じるような、嫌な表情だ。


「だが、計画を持ちかけた張本人がやらかした。『試し吹きだ』なんて寝ぼけたことを言ってな、勝手に笛を吹いたんだよ」

「笛……?」

「魔物を呼び寄せる特殊な道具さ。……本来は、作戦当日に使うはずだった代物だったんだがな」


 ザックは肩をすくめた。


「結果は、ああ、言うまでもないな。魔物たちは調教された通り、街へなだれ込んだ。それが五年前の事件――アグネア襲撃の真相だ」


 リンの手が、ぶるりと震えた。

 それでも膝をつくまいと、剣にしがみついて耐えている。


「じゃあ……なんでお父さんが……」


 搾り出すようなリンの声に、ザックは乾いた笑みで応じる。


「理由なんざ簡単だ。アイツは首謀者の命令に逆らった。それだけのことだ」


 投げやりなようでいて、そこには確かな悪意があった。


「計画が狂って慌てた首謀者――お偉いさんは、自分だけ助かろうとして自警団に命令した。『俺を最優先で守れ』ってな。だが、ガレッドは命令を拒否した。町の人々を見殺しにできなかったのさ」


 ザックは口元を歪めた。


「その結果、命令違反に怒ったお偉いさんから、魔物襲撃の責任をなすりつけられた……『この事件の首謀者は、ガレッドだ』ってな」


 最低だ。

 こいつら全員、灰も残らないくらい、焼き尽くしてやりたくなる。

 けどそれでも、俺は待つ。

 彼女が立ち上がる、その瞬間を。


「ふはは……ショックだろう。父親の死の真相を――」

「――良かった」


 静かに、けれど確かに芯のある声だった。

 リンは顔を上げ、微笑んでいた。

 涙も、迷いも、もうそこにはなかった。


「やっぱり、お父さんは裏切り者なんかじゃなかったんだ」


 その一言が、空気を変えた。

 ザックの目がわずかに揺れる。


「な……」


 リンが地を蹴って立ち上がる。

 握る剣に力が、身体全体に覚悟が満ちていくのがわかった。


「ボクは信じてた! どれだけ笑われても、蔑まれても……ずっと、信じてたんだ!」


 その叫びと同時、リンの脚が地を蹴る。

 駆けた。

 怒りも悲しみも乗せて、剣を振りかぶる。


「くらえ、必殺――」


 その動きに、俺も声を張った。


「思いっきり踏み込め!!」


 届いたかどうかも分からない。

 だが彼女は、確かに大きく足を踏み出した。


「――蒼迅剣(ブルーフラッシュ)!!」


 青い魔力が、リンの剣を包む。

 瞬間、それは光の奔流と化し、炸裂する矢のようにザックの胸を貫いた。


「ぐ、はっ――!」


 ザックの身体が弾けるように宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 仰向けに倒れ、胸元の服が裂けて、鎖帷子が覗いた。

 致命傷は免れたが、肺を潰されたのか、ゼェゼェと喉を鳴らし息すら満足に吸えていない。


「……やった」


 虫の息となった上長を見下ろし、祈るように両手を合わせるリン。

 俺はそんな彼女に、心の中で「おめでとう」と唱えた。

 しかしそんな時間を 周囲の荒くれどもが許してくれるはずもなく。


「ア、アニキが……!?」

「て、てめぇ……よくもアニキを……!」

「おい! 全員でかかるぞ!」


 ……ああ、やれやれ。

 せっかくの感動をぶち壊してくれるな。

 見せてやる。

 俺がこの世界で、『災厄』と呼ばれるようになる所以を。


「――漆黒雷(ヘル・ボルト)


 静かに唱えた瞬間。

 俺の足元から、黒い雷が奔った。

 地を這う蛇のように音もなく、速く、そして無慈悲に。


「グギャッ……!?」

「ギヒィイイ!」


 稲妻が跳ね、薙ぎ、貫いた。

 一撃ごとに火花が散り、悲鳴が弾け、男たちは次々と倒れていく。

 全員が倒れ伏すまでに、十秒もかからなかった。


「……ふう」


 俺は煙をくゆらせる指先を払うと、ゆっくりと視線を上げた。

 そこには、ぽかんと口を開けたリン。


「す……すご……」


 俺は肩を軽くすくめて言う。


「ま、しばらくは目を覚まさないだろう」

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