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第10話 リンのこと語らせたら俺の右に出る者はいないよ

「そこまでだ、金髪野郎」


 俺の剣が、ザックの一撃を受け止めていた。

 押し合う剣と剣。 

 静まり返った空間に、木の軋む音だけが重く残る。


「て、テメエ! 何のつもりだ!」


 団員の一人が怒声を上げた。

 その声に続いて他の団員達も集まってきて、俺たちを取り囲んだ。


「何のつもりだ、だと?」

 

 俺はゆっくりとザックを押し返しながら、言葉を吐いた。


「それは、こっちのセリフだ。よってたかって彼女を除け者にして……挙句の果てに、痛めつけようとしたな」

「――ッ」


 剣に込める力を強める。

 ザックの眉が一瞬動いた。


「それが、自警団のやることか?」


 数秒の沈黙の後、ザックが溜め息混じりに言い返した。


「何も知らない部外者は、引っ込んでくれ」


 俺は剣の柄が軋むほど握力を強め、そして一歩、ザックへ踏み込んだ。


「……ってる」

「……ん?」

「俺は、知ってるんだよ」


 息を吸った。

 思いっきり空気を取り込む。

 そして――


「裏切り者の汚名を着せられた父親の無実を信じて疑いを晴らすために周囲からの奇異の視線や冷遇に耐えながら幼い頃に母親も亡くしているからずっと一人っきりで寂しいはずなのにそれはおくびにも出さず冷たい風が吹く日も激しい雨が降る日も来る日も来る日も剣の修行に明け暮れてやっと入った自警団では雑用係扱いされながらもただひたむきに実直に与えられた仕事をこなしそれでもふと寂しさや辛さに涙を流す日もあるけれど泣いてる暇はないって涙をぬぐってまた前を向いて必死に笑顔を作ってそうして一生懸命日々を生きてるってことくらい知ってるって言ってんだよおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」





 沈黙。




 あたりは、空間ごと凍りついたように静まり返っていた。

 剣を構えたまま、俺は深呼吸を一つ。

 視界の端に、ただぽかんと口を開けているエミリアの姿が映った。


「な、なんで……全部、知って……?」


 ようやくリンが震える声で呟く。

 あ、やべ。

 思わず言っちゃった。

 怪しまれたかな。


「な、なんだコイツ……やべぇぞ」

「団長ぉ……怖えっすよソイツ……や、やっちゃってくださいよぉ」


 騒ぎ立てる団員たちの声を背に、俺たちはしばらく睨み合ったまま動かなかった。

 やがてザックが、肩をすくめる。


「……興が覚めた」


 その言葉と共に、ザックは剣を収める。


「今日の訓練はこれまで。解散だ」

「えっ、団長!?」


 団員の声を無視して、ザックは背を向けた。

 去ろうとするその背中に、リンが声を投げかける。


「団長!」


 ザックは立ち止まる。

 だが完全には振り返らず、顔を横に向けるだけ。


「お相手していただき、ありがとうございました!」


 うう……あんな扱いされて礼が言えるなんて……良い子だなあ。

 ザックは無言のまま、歩き去っていった。

 やがて、訓練場には静けさが戻った。

 団員たちも散り、広場には俺たちだけが残る。

 その時だった。


「……っ」


 リンの膝が、がくりと崩れた。


「リンさん!」


 エミリアが駆け寄り、リンの肩を抱きとめる。


「だ、大丈夫ですか!?」


 その姿が、俺にはただただ尊すぎた。


「どうしましょう、ヴァルドさ――ええっ!? な、なんで泣いていらっしゃるのですか!?」

「い、いや、なんでもない。なんでもないよ……うう……」


 嗚呼……推しと推しが支え合ってるこの神空間……ここが楽園か。

 ずびびと鼻を大きくすする。

 気を取り直して、俺はリンの前にしゃがみこんだ。


「大丈夫か?」

「うん、平気……ちょっと疲れちゃっただけだよ」


 そう言って笑った彼女の顔に、俺は心底ホッとした。


「それよりさ……さっきの」

「え?」

「その……色々言ってたじゃん。なんか、やたら詳しかったよね、ボクのこと」

「い、いやあ。やっぱり剣を交えるってのは、時として言葉を交わすよりよっぽど相手のことを理解することができるんだよね。うん」


 言えない。

 言えるわけがない。

 設定資料集にもほとんど載っていないリンのプロフィール。

 原作中の断片的な情報を頼りに推測した『解釈』が、神がかり的に事実と適合していただなんて。


「さすがですヴァルド様……!」

「いやいやいや!? 怪しいでしょ、どう考えても!」


 お、フォローありがとうねエミリア。

 素直で可愛い。


「ヴァルド様は怪しくなんかないですっ!」

「あ、ああ、そういえば婚約者(そう)そうだったね。ご、ごめんごめん」


 ふー、あぶねえ……。

 何とか有耶無耶になったかな。

 今後は勢いに任せてぶっちゃけないように気をつけないと。


「それはそうと、昨日は悪かったね。事情も聞かずに、いきなり襲いかかっちゃって」

「そんなの全然気にするな。むしろ、立派な心意気だった」

「気にするよ……。早く活躍して団員として認めてもらいたいからって、ちょっと焦りすぎてたな、ボク……」


 しょぼんとしたその顔がまた、たまらなく刺さる。

 この子、表情一つで世界の温度変えてくるじゃん……。

 凄いじゃん……。


「昨日もおっしゃっていましたが、人さらいの事件を追われているのですか?」


 エミリアが尋ねる。


「うん、そうなんだ。最近、若い女性や子供ばかりを狙った誘拐事件がこの町で起こっててね。活躍したいってのもあるけど、それ以前に、人として許せないんだよ」

「……ああ、その件なんだが。もしかして、今日も夜、巡回するつもりか?」

「うん。被害を少しでも防ぎたいから」

「ふむ……」


 俺はしばらく考えを整理した後、リンに向かって言葉を放つ。


「わかった。俺も協力しよう」

「え、協力?」

「この訓練場が町の中央くらいだな。ここから東は俺、西はそっち。って感じで、二手に分かれて巡回しよう」

「え、ええ……? そんな……」


 戸惑うリン。

 それはそうだろうな。

 見ず知らずの男にいきなり「手伝うよ」なんて言われてもね。

 だがしかし、《《キミを救済する》》ためには、こうするのが手っ取り早いんだ。


「俺だって人さらいは許せない。協力させてくれ。それに、さすがに一人で町全体を見るのは厳しいだろう?」

「そ、そりゃそうだけどさ……いいの? 危険な目に合うかもしれないんだよ?」

「ふふ、大丈夫ですよ。ヴァルド様はとってもお強いんですから」


 エミリアが腰に手をあてて、えっへんのポーズで胸を張る。


「ってことだ」

「本当かなあ? 昨日は私に防戦一方だったけど~?」

「……ぐっ、そ、それはだな」


 推しに向かって攻撃なんて死んでもできん!


「なんて、冗談冗談!」


 リンは笑った。

 そして、手を差し出す。


「じゃあ、お言葉に甘えて。今日から一緒に巡回しよう! 変な人だと思ったけど……優しいんだねっ、案外!」


 ドキーン。

 俺の心臓が跳ねた音が、聞こえた気がした。


「今さらだけど、ボクはリン・アーカー。よろしくね、相棒!」

「あ、『相棒』……!? ぐふうっ……! お、俺はヴァルド・レイヴンハルト、だ……」


 相棒、の響きの良さに内心でダメージを喰らいながら、何とか名を述べる。

 こうして俺たちは、この夜から、協力して巡回に出ることになったのだった。

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