第四話:元先輩プログラマーの条件
日曜の夕方、駅前のコーヒーショップにひとりの男が現れた。
ノートPCと工具のようなキーボードケースを抱えたその姿に、大友はすぐ気づいた。
「……石倉さん?」
「おう、ひさしぶり。SNSで見た。お前、こんなことしてんのか」
石倉誠。かつての職場の先輩で、今はフリーランスのプログラマー。
数年前、会社を辞め、全国を回りながら中小企業の業務ツールを個別に作って暮らしているという。
「ちょっと見に来た。
なんか地場で手伝ってるって聞いたから、冷やかしに」
「いや……本当に助かるかも。
商店街、少しずつ変わってきてるんです。でも、“仕組み”が弱くて」
その日の夜。
駅前の喫茶店の奥の席で、石倉が軽く唇を鳴らした。
「まどかさん、在庫管理ってどうやってます?」
「全部、紙と記憶ですね……」
「POS入れるほどじゃないけど、Excelじゃしんどいって感じだな。
じゃあ、GoogleフォームとGASで作るか。
スマホでもいけるやつ」
「え、そんな簡単にできるんですか?」
「簡単じゃない。でも、俺には簡単」
大友は笑いながらメモを取っていた。
石倉のような人間が、地場の“デジタル係”として加われば――商店街の動きは、確実に変わる。
後日。
豆腐屋の中西が、集金日を勘違いして売掛を飛ばした。
「またやっちまったよ。手帳に書いてるのに、忘れるんだよな」
「じゃあ、通知飛ぶようにしますか」
石倉が手帳を見て、数式を打ち込む。
「店ごとの取引予定、全部スプレッドシートで管理して、3日前にLINE通知飛ぶようにしときます」
「すごいな。なんでタダでやってくれるんだ?」
「大友に貸しがあるだけ。あと、こういうの面白いから」
石倉は笑った。
数日後。
まどかがふと、ノートPCの画面を見て呟いた。
「今週の“午後チケ”の利用率、67%……」
「わかりやすいでしょ。
人は“感覚”で商売して、“数字”で潰れていくから」