第三話:商店街が動き出す日
午後の「ゆるチケ」は、想像以上の反響だった。
1日5枚限定のチケットは、夕方までにほぼ完売。
静かな時間に、常連客がふらりとやってきては、コーヒーとクッキーを楽しんでいく。
「これ、地味だけど……確かに、楽ですね」
まどかの言葉に、大友は静かにうなずいた。
土曜の午後。
店の片隅でノートPCを開いていると、ガラス戸越しに見慣れた顔が見えた。
「……あれ?大友?」
振り返ると、そこには大学の同級生であり、新卒で入ったコンサル会社の同期・篠田涼介が立っていた。
現在はWebマーケティングのベンチャーでCMOを務めている男だ。
「なにやってんの?こんなとこで」
「いや、ちょっと手伝ってて」
「うわ、こういう店、好き。入りづらいけど刺さるやつ」
珈琲を一口飲んだ篠田が、ふとメニューのレイアウトを指差す。
「このセット、午後限定って書かれてるだけだと、よくわからんな。
“午後のご褒美セット”とかネーミングで印象変えたら?」
まどかが反応した。
「……それ、いいですね。なんか柔らかくて」
「あと、写真撮る用のカップとかあった方がいい。
“撮りたくなる”って大事なんだよね、今」
彼はあくまで軽く言っている。だが、その視点は鋭かった。
翌週。
商店街にある小さな豆腐屋のご主人・中西さんから、まどかが相談を受けた。
「うちもなんか、ちょっと変えたいんだよなあ。
今、平日なんか特に暇で暇で……」
大友は中西に、一枚の紙を渡した。
【貼り紙コピー案】
「豆腐が、今日もがんばってます」
「3丁買ったら1個、家族に感謝できるかも」
「これ、SNSで話題になったパターンを真似てます。
ちょっと笑えて、ちょっと刺さるやつ」
最初は半信半疑だった中西も、翌週には驚いていた。
「なんか知らんけど、“見たよ”って若い人が来た。
Twitter?インスタ?ああいうのでバズったのかねぇ」
それは確かに小さな変化だった。
でも、隣の店の光が変われば、通り全体の空気が変わる。
商店街の中で、“小さな勝ち”が見えるようになってきた。
日曜の夜。
大友はノートにメモを走らせる。
「午後の売上 × FL比率 → 利益率40%超」
「貼り紙戦略 → SNSバズ → 客層の変化」
これなら、“土日の数時間だけ”でも、変えられる。
でも、ここで終わりではない。
次の支援先が、すでに頭に浮かんでいた。