ep.9
声を遮るように、通信が一方的に切られた。
プツン。
乾いた音が、心に小さな針を刺す。
沈黙。
イルザさんが深く息をつき、ふうっと肩を落とした。
「聞いてた?」
その一言に、私は固まったまま頷くことしかできなかった。
「た、戦うの……? 私が……?」
「護衛だから。ドローンに会わなければ……撃つことも、ないよ」
……嘘だ。
その声色から伝わる、諦めと覚悟の入り混じった響き。気休めにもなっていない。
私の喉は乾き、唇が震えて言葉が出なかった。
「仲間に連絡を入れなきゃね」
イルザさんは既に動いていた。通信を次々と切り替え、潜伏中のメンバーへ連絡を始めている。
私は、手に持ったクロアのアームギアを見た。
……彼女の遺したもの。私が、繋がなきゃいけない“声”。
ヘッドギアの通信機を持ち直す。
操作する手が、震えていた。
「……みんなに……クロアのことを伝えなきゃ……」
通信機から流れる声は、どこか遠く感じた。
それは機械のせいじゃない。たぶん、私自身の感覚が、現実から半歩ずれていた。
ひとり、またひとりと連絡を取る。
クロアの死を伝え、これからの行動計画を共有する。
皆の反応は、静かだった。
悲鳴も、叫びもなかった。ただ……息を飲み込む音、言葉にならない沈黙。そして、
「……やっぱり、か」
「……わかってたけど……やっぱり辛い」
「……次は自分かも。そういう場所だし」
分かっていた。それでも口には出さなかったこと。
そんな“予感”が、現実になっただけ。それだけのこと。
だけど、何かが剥がれたような気がした。言葉にした瞬間、痛みが、輪郭を持って押し寄せてきた。
そのときだった。
「……音がしない」
イルザさんの声が低く響いた。
確かに、先ほどまで空気を裂いていたドローンの飛行音が、いつの間にか消えている。
「ドローンの数が減ったみたい」
彼女はわずかに口元を引き締めた。
その瞳は、すでに先を見据えている。
「連絡、終わった?」
私は頷く。
「……なら、集まろう。今しかない」
彼女の視線の先、かすかな銃声が響いた方角――シュリという狙撃手がいる場所。
ドローンはあそこに集まっている。囮になってくれているのだ。今、こちらの死角は生まれている。
手信号を送ってくる。
――「来て」
私は即座に頷き、身を屈めて駆け寄った。
次の瞬間、彼女が真っすぐ私を見て、短く言った。
「今度は、自分で付いてきて。……離れないでね」
その言葉は、命令ではなかった。
不安を抱える私に向けての、小さな信頼の表明だった。
彼女の手には、しっかりと銃が握られている。
そして私の手には、クロアの遺したグローブ――輸送部隊の証。
右手にはめ込むと、しっかりと私の指先に馴染んだ。
手を握り、感触を確かめる。
――バッチリ。
「……いつでもいけます」
自然と、声が出ていた。
彼女は少しだけ目を細めた。
その顔には、初めて見る表情が浮かんでいた。わずかに、安心したような……余裕の笑み。
「いい顔になったね」
その一言に、胸の奥がすこしだけ、軽くなった気がした。