ep.8
私は――
ゆっくりと、自分の右腕を見た。クロアのアームギアが、そこに確かに装着されている。冷たかった筈のそれが、ほんのりと、体温に馴染んでいるように感じた。
「……ありがとう……クロア……」
ようやく、そう言えた。
「……私、立ちます」
ぐっと、足に力を込める。
まだ、膝は震えている。胸の奥には、黒い渦が残ったままだ。
けれど、もう、見て見ぬふりはしない。
誰かが遺したものを、遺したままにしない。
「その子の分まで、って思わなくていいよ」
護衛隊長が優しく続ける。
「君が君として立つことが、いちばん大事だから」
私は、深く息を吸い込む。
クロアの手のぬくもりはもう戻らない。
でも、その想いは、このアームギアと共に、生きている。
そして私は、まだここにいる。
なら――歩かなきゃいけない。
パァン…
乾いた音が、まるで何かを引き裂くように空間を割った。反響ではなく、明確な"発砲"の響きだった。
「……っ」
反射的に息を飲む。
私は瞬きすら忘れ、その音の余韻を追いかけた。
彼女も、眉をひそめて辺りに耳を澄ませる。
「この音……。これは……狙撃銃」
彼女の低い声が呟きのように落ちる。
誰が?
味方か、敵か――判断はできない。
彼女は素早く動いた。私の腕を掴むと、小声で囁く。
「ここじゃ危険、外から丸見え。奥の陰に下がるよ」
体が反射的に従う。心臓の鼓動が、やけに大きくなった気がした。
私たちは瓦礫の影に身を潜め、息を殺す。
パーン。
再び、空気を裂く音。
それと同時に、外にいた数体のドローンが奇妙な動きを見せ始めた。
不規則な旋回、急停止、あるいは同士討ちのような誤作動。
「……動きが変わった」
彼女は鋭く目を細める。
「指揮系統がやられたのか、それとも再編中……? どちらにせよ、誰かが外にいる」
私には、ドローンの動きの意味はわからなかった。ただ、鼓膜を打つ不規則な音に、血が逆流するような嫌な感覚を覚える。
「護衛部隊、輸送部隊にそんな狙撃装備を持ってる子なんていない……」
ぽつりと呟いた自分の声が、ひどく頼りなく響いた。
そこに、三度目の発砲音。
直後、彼女はピクリと反応し、ヘッドギアに手をかけた。
通信が――繋がった。
「こちら、後方狙撃支援部隊第六部隊、シュリ。どうぞ」
女性の声。静かだが、どこか冷静な焦りを含んでいた。
「こちらは前線輸送護衛部隊隊長、イルザ。……あなたは今どこに?」
「区画K建造物屋上。ジャミングのため孤立していましたが、ジャミング信号の個体を確認、支援射撃に移行しました」
「さっきの狙撃は、あなたね?」
「ええ。敵ドローンの構成を観察、ジャミング個体に干渉しました。反応あり、行動再構成中のようです。ですが……目立ちすぎた」
どこか皮肉めいたトーンが混じる。
彼女が、私の方にちらりと目を向ける。
「そちら、何人?」
「私と……輸送部隊の子が一人。ほかのメンバーは各自、散開中」
「了解。区画Aに集結を。全員武装させてください。特殊兵装が本隊から送られます。その者の護衛、そちらに一任されました」
「……ちょっと待って。輸送部隊は実戦経験が――!」