ep.7
手首に結ばれていた、手編みのミサンガ。
小さな、でも丁寧な編み目。私たちだけが知っている印。
クロアにしか作れないもの。
彼女は、静かで、少しおっちょこちょいで……でも、器用だった。
ちょっとした空き時間に、私たち全員にこのミサンガを作ってくれた。
誰が言い出したか、それが、私たち輸送部隊の“印”になった。
「そんな……こんなところで……」
胸が締め付けられる。
喉の奥に、さっき飲み込めなかった“黒いもの”がまたこみあげてくる。
今度は、吐き出したいと思った。
息を吸うたびに、喉がきしむ。
目の奥が熱い。だけど、涙が流れる暇もない。
彼女の手は、もう、温かくはなかった。
「クロア…」
口から漏れた声はかすれていた。
崩れそうになる膝を抱えるようにしゃがみ込む。
手を伸ばしても、もう何も返ってこない。握っても、繋いでも、何も。
護衛隊長の彼女がゆっくりと近づいてきて、静かに私の隣にしゃがむ。
そっとクロアの手に触れる。まるで傷ついた小鳥に触れるように、やさしく。
「…そこの子は、輸送部隊の子だね」
私の言葉を待たずに、彼女はつぶやいた。
「……少し、前に逝ったんだと思う。痕跡から見て、爆発の衝撃……アームギアがなかったら、きっと、もっと酷かった」
言葉がうまく出ない。
ただ泣きそうになる。
けれど涙すら出なかった。
「下は……見ないほうがいい。残酷だから。」
彼女はゆっくりと私の壊れたアームギアを外し、クロアのものに手をかける。
「これはね、死体漁りじゃないよ」
ふとした静けさの中、彼女の声が優しく響く。
「戦場では、想いを“受け継ぐ”って言うの。…それが、私たちにできる供養なんだ」
カチリ、と小さな音がして、クロアのアームギアが私の腕にぴたりと密着した。
「――動いた? …驚いた。まだ生きてるんだ、システム機能」
彼女がアームギアの状態を確認する。
「反動サポート良好、補助機能生存、サーボ圧調整、問題なし。完璧。よく残ってたね」
「…ありがとうございます…」
かすかに、声が出た。
けれどその直後、何かが、胸の奥で音を立てて崩れた気がした。
私はその手を、クロアの手を、両手で包み込んだ。
温めようとしても、冷たさは変わらなかった。
頬を寄せた。動かないその手は、私の温度だけを奪っていく。
お願い、動いて。
ねえ、クロア。
こんなとこで、ひとりで逝くなんて、そんなのずるいよ……
心の奥から湧き上がる、涙にならない痛み。
喉元まで溜まって、声にならない叫びが震え続ける。
どれだけ握りしめても、クロアの手は冷たいままだった。
この手が、あの時の笑い声を、しぐさを、全部失ってしまったなんて――どうしても、信じたくなかった。
「……こんなの、いやだよ……」
震えた声が、押し殺せなかった。
私は、私なんかが生き延びて。
クロアが――優しくて、おっちょこちょいで、でも一番、みんなを見てくれてたクロアが、ここで。
こんな、ひと目にもつかない瓦礫の下で。
喉が詰まる。吐き出すように声がこぼれ、冷たい手を抱えたまま、崩れるようにうずくまる。
それでも――
後ろから、そっと手が伸びて、私の肩を包んだ。
「……その子も、頑張ってたんだね」
護衛隊長の声だった。低くて、あたたかい、哀しみを含んだ声。
「このアームギアはまだ動いてる。自分がどうなるかわかってて、でも君に託せるように残してたのかもね…」
私は顔を上げられなかった。ただ、嗚咽のように呼吸が詰まる。
「“想いを受け継ぐ”」
ぽつりと、彼女は言う。
「戦場で死ぬって、ただそこで終わることじゃない。誰かの中で、生きることでもあるの」
静かに、まっすぐな言葉だった。