ep.6
部隊長が、そっとヘッドギアに手を掛けた。
耳元の通信が、微かに「キィ……」と軋んだような音を立てる。
――ん? 通信が……繋がる……?
「……あ、繋がった……。ジェレ? 生きてる? 状況は? どう?」
思わず私は、息を殺して耳を澄ませた。
心臓が跳ねる。だれかの“生きた声”を聞きたかった。
「……最悪だったよ。見つかったの、私……。私のケツばっか追ってきて、ひどいったらない。遠くまで行き過ぎた。位置は……不明。合流できるかもわかんない……他の連中も、大丈夫な感じじゃない?」
息を呑む。
まるで、氷水を一気に飲んだように体が冷える。
「輸送隊の子は?」
「……あー、ヘーキ。ピンピンしてる」
「輸送されてま〜す」
その声は――ルーレだった。
間の抜けた、でも聞き慣れた、あの声。
不意に、張りつめていた緊張が少しだけ緩んだ。
「ちょっと……黙っててよ。誰のおかげで命拾いしてると思ってんの。最悪なやつ拾ったわ、ほんと……」
彼女と目が合う。
そしてクスッと少し笑った。
口調はいつも通り。でも、その軽さが、少しだけ心を引き戻してくれた。
「隊長、目視で確認したんだけど……武装してないドローンいた。確かだと思う」
ジェレの声が続く。
空気がまた、緊張に戻る。
「ジャミング装置を装着してる個体がいる。だから……あ……つ……っ……!」
不意に、通信にノイズが走った。
耳障りな雑音が弾けるように響き、そのまま――途切れた。
「……っ、」
彼女は息をついた。
それは、諦めではなく、ほんの少しの安心を含んだ、静かな吐息だった。
「輸送隊長さんも、連絡入れてたほうが良かったんじゃない?」
その一言に、私は肩を跳ねさせた。
「……あっ、そ、そうでした……!」
思わず返事が遅れたのは、気が抜けたわけじゃない。
ただ……少しだけ、胸があたたかくなっていた。
ルーレのあの声。
何も変わらない、調子の抜けた声色に――安心していた。
「……なによ、あれ……能天気すぎ……」
心の中でそう思った。ムッとした。
また、連絡がつくまで、ただ待つ――
それしかできない。
下手に動けば、位置が知られる。
ドローンはまだ外を巡回している。
時折、金属の羽音と排気の音が不規則に近づいては遠ざかる。
護衛隊長――彼女は、無言で立ち上がり、隙間から外の様子を窺い、再び通信を試みる。
その繰り返し。
誰もが息を潜め、沈黙に耐えている。
私は、ふと視線を落とす。
そこに――崩れた瓦礫の山があった。
何でもない、崩れた壁の残骸。
さっきまではただの“風景”だったのに――今、ほんのわずかな違和感を感じた。
あれは……。
ゆっくりと、重たい身体を持ち上げ、瓦礫の前へと歩み寄る。
崩れた石の山。その一部が、妙に不自然に盛り上がっている。
しゃがみ込んで、手を伸ばす。
石片のひとつを退けると、指先が――見えた。
「……っ!」
ゾクリと、背筋が凍る。
小さな手。
右手のグローブ。
見慣れた意匠。輸送部隊のものだ。
あれは――
「嘘……っ、嘘よね……」
声が、震える。
思考が、すぐには追いつかない。
石を、もっとどける。
指先が土で汚れていて、震えていても、止まらなかった。
手首が見えた。
アームギアの形状も。
そのまま、グローブを脱がす。
――そこにあったのは、色を失った白い手。
血の気はすでに消え、死の静けさだけが残されている。
だが、その指は――何かを掴もうと、固く曲がっていた。
掴めなかった何か。
声を出すことも、助けを呼ぶことも叶わなかった彼女の最後の動作。
必死に――誰かに、何かに、届こうとした手。
「……クロア……」